投稿作品


 うちには投稿作品が数多く送られてくる。送って下さった方は、もちろん作品を発表したい、誰かに読んでもらいたい、あるいはプロになりたいと考えて送ってくれるわけだが、実際にそういった投稿作品の中からデビューし、本になる確率は低い。もともと低かったのだが、近年もっと低くなりつつある。無名の新人の本を、特に旅行記を誰も読まなくなっているからだ。うちはだいたい10年ぐらいやってきたが、投稿作品の中で本誌に掲載され、単行本にまで到達した人は、わずか1人。それもまったくといいぐらい売れなかった。

 投稿ではなく、アマチュアだった人に、うちで書かないかと僕が持ちかけ、それを本誌に連載して単行本になった人は数人いる。グレゴリ青山、岡崎大五、宮田珠己各氏がそうだが、彼らの本は売れたほうだ。さいとう夫婦もうちから単行本デビューしたが、彼らはもともとプロの漫画家だった。そうやって考えると、投稿作品からちゃんとしたプロ(デビュー作だけでなく、その後も本を出し続けている人という意味)になった人は皆無なのである。いかに投稿→プロへの道が狭いかがわかる。

 もっとも、旅行記の世界がそうなだけで、エンターテインメント小説ではそんなことはないんだろうとは思う。大手出版社が巨額の賞金を出して新人を募集し、賞を取れば小説家としてのデビューが約束されている。モノを書くならこっちの方がいいと思うのは当然の話である。旅行記なんか書いたって金は儲からない。せいぜい「思い出づくり」とか「旅のいい記念」といった程度。はっきりいえばその程度の投稿作品が多い。こういうのは、わざわざ投稿する必要はなく、自分でホームページをつくって、そこに掲載すればいいのだ。あるいは自費出版して友人に配るか。

 こういった投稿で最も多いのが、「お笑い旅日記」タイプである。本人が楽しんで書いているのはよくわかるんだが、読む方は少しもおもしろくない。旅が始まって終わるまで、何を食べて、どこに泊まり、観光地を見て、親切にされた、というようなことが、ギャグを交えて書いてあるものがほとんどだが、こういうタイプは、ギャグであろうがなかろうが、あるいはイラスト入りであろうがなかろうが、最初の段階でボツになる。最後まで読むこともほとんどない。

 旅行人ならこういうのを本にしてくれるのではないかと思われているのかもしれない。そういう本も出したけれど、それとこれとは違うのである。例えば、宮田珠己さんの本を読んで、宮田調(と書く方は思っている)の旅日記を送ってくる人がいる。これは例外なくつまらない。宮田さんの文章だったら書けると思って書くのだろうが、そんなに簡単なことじゃないのがわかっていない。

 この前、旧事務所から持ち越した投稿作品を整理した。もう一度、ざっと目を通し、見逃していたものがないか、あるいは、引っ越しや季刊化のどさくさで読んでいなかった投稿をチェックしたのだ。そのなかに、何カ月も前に送ってきたノンフィクションがあった。あえてノンフィクションと書いたのは、筆者が取材のために各地を旅し、きちんとインタビューをしたり、調べたりしていたからだ。

 その作品は荒削りながら素晴らしかった。急いで投稿した人に電話したが、その人はすでに大手出版社に作品を見せ、単行本化するメドが立ちそうであるとのことだった。作品のテーマは重く、感情表現も未熟だが、20代と若い人なので、これから文章なんかいくらでもうまくなるだろう。こんな作品がうちに持ち込まれたのは初めてのことだったのに、見逃してしまったことは編集者として情けない。しかし、それを投稿作品として読めたことは幸福だった。まだ名前は明かせないが、彼がノンフィクション・ライターとして成功することを心から祈っている。こんな作品をまた誰か投稿してくれないかなと思うが、見逃してしまうようじゃしょうがないよなあ。