小さな出版社の可能性

 5月20日日本橋で行なわれた「本との土曜日」に参加した。これはインド関係の本やグッズを売る小さな市のような企画だった。僕は版元として出店したが、著者、書店として参加した方々もいた。
 そこで、『持ち帰りたいインド: KAILASとめぐる雑貨と暮らしの旅』(誠文堂新光社)の著者、松岡宏大さんが、3日でつくって持ってきましたといって文庫本サイズの本を見せてくれた。『ひとりみんぱく123』という本で、松岡さんのコレクションを自分で撮影して(彼はカメラマンでもある)まとめた小さな写真集だ。美しい装幀は矢萩多聞さんによるデザインで、シンプルな作りだが、144ページ、オールカラー、価格は1500円。
 これだけだと表面上はごく普通の本でしかないが、驚くべきは、この本はたった10部しか作られていないということだ。1000部でも100部でもない。たった10部!

『スーパルマドゥライ』(武田尋善)は72p初版20部で増刷決定したそうです。
 たった10部しか印刷しないで、カラー144ページを1500円で販売して利潤が出るのかといえば、少し出るのだという。オンデマンド印刷なので、10部でも100部でも1部あたりの単価は変わらないそうで、だから10部作ってみて売れたらまた刷ればいいという考え方なのだ。
 なるほど。それなら売れない在庫を抱えるリスクはほぼない。イベントのトークで矢萩さんがおっしゃっていたが「出版の小商い」という考え方なのだ。
 ある意味で、同人誌とやり方は変わらないが、矢萩さんはこの文庫サイズの本を「Ambooks」というシリーズにしているようだ。そこらへんの詳しい話はまだよくわからないのだが、矢萩さんはこのシリーズを「たくさんつくってたくさん売るのではなく、ちいさくささやかであっても、欲しい人に届く本にしたい」と書いている。最初のわずか10部のために、プロのデザイナーである矢萩さんは手抜きのない実に美しいデザインを施している。普通の装幀家はこんなことを仕事としてはやらない(やれない)だろう。
 同人誌の場合は、友人でもない限りプロのデザイナーがデザインしてくれることはないし、編集や校正・校閲もない。だから、やっぱり同人誌(あるいは出版社を通さない自費出版)は見た目もそうなるし、内容もそれなりのものにしかならない(自分で金を出して作って売るのだからそれでいいのだが)。
 Ambooksのようなやり方と、同人誌・自費出版の大きな違いは、このようにプロのデザイナーがデザインするということと、誰のものでも金さえ出せば作るというわけではないということだろう。矢萩さんがそこで選別しているはずだ。そこで大きな違いが出る。Ambooksと銘打たれた本のクオリティが担保される。このやり方で重要なのは、デザイナー、カメラマン、イラストレーターなどといったプロが参加しているということだ。彼らの強いこだわりがこのようなことを実現させる。
 このイベントで僕がいちばんショックを受けたのは、このAmbooksだった。実を言うと、僕もこれまでのように数千部作って取次に持ち込み、全国の書店にばらまくというやり方にうんざりしていた。金もかかるし、在庫も抱え込む。たいして儲かるわけでもないのにリスクだけがやたらに大きい。こういったやり方だと、数千部売れるような本しか作れないということになる。本当に自分の好きな本を好きなように作って、それを数千部売ろうなどというのは非現実的な話だ。インドの奥地のほとんどの日本人が知らないような壁画の写真集なんていったい何人の人が欲しがる? ま、50人ぐらいかな(笑) だから本にするのは無理だなあと思っていたのだけど、このやり方ならできるのだ。まさに矢萩さんがいうように、本当に読みたい人に、見て欲しい人に届けばじゅうぶんだ。旅行人も、これからそういった小さな、ますます小さな出版社になっていきたいなあ。

Ambooksのサイトはただいま準備中とのことです。→ http://am.tamon.in