最悪の宿

 今日も机周りや本棚を整理している。
 引き出しに入っていた写真の束から、はらりとこの写真が出てきた。思い出すのもおぞましい宿の写真だ。たしか1990年ごろだったのではないかと思う。ネパールからスナウリ国境を越えてインドへ入ったときだ。国境に到着したのが遅くなり、国境から少し行ったナウタンワという街で一泊することになった。なかなかホテルが見つからず、ようやく見つけたのがここだった。
 そこは薄汚れた連れ込み宿で、それまでさんざん汚いホテルには泊まってきたが、ここほど汚いホテルはない。インドだけでなくアフリカでもここほどひどいホテルは覚えがない。つまり、僕の旅行史上最低の宿ということになる。
 夜、妻がトイレに行き、悲鳴を上げて帰ってきた。灯りもないトイレの戸を開け、懐中電灯で照らすと、壁一面に黒いものがざわざわと動いたというのだ。ぜったいゴキブリだという。無数のゴキブリが壁一面にはりついていたようだが、わざわざ確認しに行く気にはなれなかった。妻はついにトイレに行けず、一晩がまんした。
 シーツも汚く、室内は湿ってかび臭く、さすがにここで眠ることはできなかった。これまで数えきれないほど安宿に泊まり歩いてきたが、その多くはすでに忘れてさっている。だが、ここだけはこうやって書けるぐらい今でも覚えているのだから、最悪でも心に残るホテルだということか。心に残らなくていいんだけど。