コーカサスの旅 グルジア

 アゼルバイジャンのシェキから西へ進み、国境を越えてグルジアに入った。アゼルバイジャンの国境では、カスタムから「アルメニアに行ったことがあるか」、「地図は持っているか」と質問された。アゼルバイジャンとしては、自国領であるナゴルノ・カラバフを占領しているアルメニアを旅し、アルメニア側からナゴルノ・カラバフへ入ったとすれば、ちょっと許せないぞという気分だろうし、そこがアゼルバイジャン領として記載されていない地図は気に入らないのだろう。喩えて言えば、ロシアのビザを取得して、北方領土に入るようなツアーを組むと外務省から文句が来るようなものだ。もちろん私はアルメニアにはいっていないので、Noと答え、地図は見せないですんなりと通してもらった。

 国境に架かる100メートルほどの橋を歩いて渡ると、グルジアのイミグレがある。グルジアはビザ不要なので、何のチェックもなく入らせてくれる。係員が英語で「ウェルカム・トゥ・ジョージア」といって微笑んだので、ちょっとほっとした。カスタムの前に両替所があり、残ったアゼルバイジャン・マナトをグルジア・ラリに交換する。

 この国境からグルジア東部の街テラヴィに行き、教会をめぐって翌日に首都トビリシに到着した。ここは人口およそ200万人の大都会。アゼルバイジャンのバクーとは雰囲気が異なり、活気があって、居心地がよさそうな感じがする。宿代は年々値上がりしているようで、最新版のロンプラに書いてある料金よりもさらに5ラリほど上がって、ダブルが1人35ラリ(約1750円)。決して安くはない。

 トビリシの後、グルジア軍道を北上してカズベキの民宿に宿泊したが、そこは2食付きで30ラリ(約1500円)。カズベキのあと、シュテリの民宿に宿泊。ここは2食付きで35ラリ(約1750円)。カズベキもシュテリも山間にあるかなりの田舎で、都会と較べると田舎の宿はけっこう安い。アゼルバイジャンでも山間の田舎の民宿に泊まったが、2食付きで20マナト(約2000円)ほどだったから、グルジアの方がわずかに安い。全体の物価を比べても、この2つの国はそう変わらないが、少しだけグルジアの方が安めといった感じである。

 グルジア軍道は『旅行人ノート』でも取り上げているが、旅行者にはコーカサス山脈雄大な景色を堪能できるコースとして人気がある。軍道というから、悪路の山道かと思っていたら、途中にスキー場があって、そこまではきれいに舗装された快適な道路だった。スキー場から後は未舗装になるが、ひどい悪路というほどではない。ツアーバスや旅行者を乗せた車が何台も行き交っていた。本当にかなりの人気があるところのようだ。

 さて、そのカズベキから1時間ほど南下して、湖の南端にさしかかったところで、別の道を北上する。そこからは凸凹の多い本当の悪路が100キロ続く。四駆でも4時間半ほどかかる道程だが、そこに前述の小さな村シュテリがある。50の塔の家がある村として知られているが、そうはいってもガイドブックにも小さな記載しかないようなところなのだ。しかも、遠いし、けっこう苦労するが、それでもここには欧米人のバックパッカーがやってきている。グルジアは彼らにはけっこうポピュラーな目的地なのかもしれない。

 私は、ここに50棟もの高い塔が林立しているのかと想像した。それで、高い金を払って四駆をチャーターし、わざわざやってきたのだ。だが、想像とは少し違い、塔が林立しているというわけではなかった。高さが異なる50戸の家が、大きな一つの塊に合体しているのだ。大きな塊の家としてはそれなりに迫力があるが、高い塔の家という感じではない。むしろ、イエメン北部の石積みの家に似ていて、外敵からの防御を考えて造られた堅固な集合住宅といったほうが正しいだろう。壁には銃眼まで設けられている。ただし、現在はこの集合住宅に住む村人はなく、住民はすぐとなりに新しい村を建設して引越している。ほとんどは廃屋になっているが、なかの2軒だけはホテルに改装されて営業している。

 シュテリからトビリシに戻り、次はアルメニアに向かう。アルメニアコーカサス三国の中で最も物価が高いと聞くが、さてどんなもんだろうか。アゼルバイジャンからグルジアと10日あまり旅してきたが、ここに来るまでは、コーカサスの国々はもっとエキゾチックというかエスニックというか、変わったところなんじゃないかとイメージしていたが、案外普通の国で、都市はヨーロッパみたいだし、田舎はルーマニアとたいして変わらないし、ちょっと拍子抜けしている。ま、それが悪いというわけではないが、少し肩の力が抜けた感じはする。西側と違うのは英語がほとんど通じないことぐらいだ。

 アルメニアをまわったあと、再びグルジアへ戻ってくる予定である。それでは、またコーカサスのどこかから。