小さな出版社の可能性3

 以前に矢萩多聞さんがいっていた、「小商い」出版とは、簡単に言えば売れる数しか部数をつくらないというやり方だ。きわめて単純なこの方法がこれまで不可能だったのは、印刷コストのせいだ。前々回に書いたことなので詳しくは繰り返さないが、部数が少ないと1冊当たりの単価が高くなって非現実的な売価になるのが常識だった。そこにネット印刷が出現して、劇的に印刷コストが下がったのだ。従来なら3000部以上でないと一般的に売れる売価にならなかったのが、利潤は多少減るけれど、300〜500部でもなんとかいけるようになった。

 300〜500部なんて同人誌のスケールだが、それは初版の数であって、売れさえすれば増刷できるので、可能性としては数万部だって可能だ。それがほぼ在庫なしで達成できる可能性があるというところが従来とは全く異なるのである。

 とはいえ、数万部を目指して本をつくるのはもはや現実的ではない。この方法が魅力なのは、自分の好きな本が100部からでもつくれるということだ。前にも書いたように、矢萩さんは10部からスタートした。たった10部からだったら印刷コストも在庫も何の問題もない。100部でもほぼ問題ない。

 では、何の問題もないかというと、問題はある。かなり大きな問題だ。まず、部数が少なすぎるので、制作コスト(印刷コストではない)が捻出できないということと、多くの書店に配本できないということだ。制作コストとは、著者の印税のほか、校正・編集費、デザインといった本の制作には欠かせない仕事にかかるコストだ。これらはもちろんただではない。100部全部売れても、このコストはまったく捻出できない。著者印税も例えば1500円の本で10%だったとして、100部では1万5000円にしかならない。これで1冊本を書けといっても無理だろう(だが現実には1500円の本を3000部つくっても著者印税は45万円にしかならず、それで生活するのは不可能なのは同じだが)。

 それに、100部しかつくらない本を全国の書店にばらまくことはもちろんできない。1000部だってむずかしい。だから、基本的にリアル書店で幅広く販売することは現実的に不可能なのだ。販売は基本的にネット書店、ネット販売ということになるが、矢萩さんのambooksがやっているような、書店との直取引なら書店販売も可能になる。委託にするか買い取りにするかは交渉次第というところだろう。

 一般的にいえばこの方法で制作できる本はかなり限定的になる。書き下ろしではなく、すでにネットで発表されたものとか、眠っていた原稿だ。本にできるチャンスがなかった作品なら、印税は少なくても本にしたいという作者はいるかもしれない。この場合も、校正・編集費は増刷を重ねないと出てこない。

 あるいは、イラストや写真であれば、校正・編集費はいくぶん軽減される。あとはこういう本の種類を増やしていき、売れた分だけ少しずつ増刷すれば、多くの在庫を持つ必要もないし、1冊の利潤は少なくても積み重なっていく(もちろん大儲けは絶対に無理ですけど)。

 一般的にはそういうことだが、僕自身はこのやりかたで本がつくれる。自分で原稿を書き、写真を撮り、デザインするので、その分の経費は無視できる。校正費用が捻出できればなんとかなるのだ。ここでようやく最初の話に戻るのだが、それでつくったのが、今回の「旅行人」であり、『旅日記』であり、『The Art of Meena』(ミーナーの写真集)だったというわけだ。

 「旅行人」は原稿料も校正費用もかかるが、今でも書店で直取り引きで売っていただけるし、ネットでも売れる。部数を減らしても印刷コストの軽減で元が取れるメドが立った。『旅日記』は400部、『The Art of Meena』は30部しかつくっていないが、これはどちらも(校正は少しやってもらったが)作り方としてはほぼ写真集なので、ほとんど僕一人で制作可能だった。

 『旅日記』は、たんに印刷しただけではなく、僕がインドで収集したラベルを別刷りして、それを本の中に貼り付けるというセルフ加工を施している。少部数の本は、こういうふうに自分たちの手で加工ができるということなのだ。それがおもしろい。これはカバーもなく、定価表示もバーコードもないので、基本的に書店販売はできない。なぜ書店販売を考えなかったかというと、自分たちで加工を施しているので、追加注文には簡単に応じられないのと、傷んだ本を返本されると廃棄するしかないからだ。

 実はこういう手づくり本のアイデアを僕は以前からあたためていた。他にもまだつくりたいアイデアがあるのだが、どうやったら実現できるかわからなかったのだ。それがようやくその糸口が見えてきた。

 前に出した掘井太朗さんの写真集『ディア・インディア』にもそういう加工が施してある。インドの列車の切符を印刷して貼り付け、出国スタンプを模したスタンプが巻末に押してある。結果的にコストがかかりすぎて成功とはいえなかったが、出来上がりには満足している。

 これからは少部数で、自分が好きな本を、1冊1冊手を加えながら制作していければと考えている。手間ひまはかかるが、というより、手間ひまをかけた本づくりをして、1冊1冊を大事に売るやりかたにしたい。あとは、それをどうやって読者に知ってもらえるかだ。もちろんこれがいちばん難しい。インターネットでツイッターFACEBOOKといったSNSなどで告知する以外に手はない(なにしろ宣言広告費はまったく出ないから)。だから、読者にツイッターFACEBOOKなどで見にきていただく以外にない。というわけなので、どうぞよろしくお願いします。




※『旅日記』、『The Art of Meena』などは、10月中旬から旅行人ウェブサイトで通販を開始します。詳細が決まり次第お知らせいたします。

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