写真集『ディア・インディア』(2)苦心惨憺の編集作業

 写真家の写真集を出すのは初めてのことなので、どのように作ればいいのかとまどった。
 最初、写真集なのだから、写真を並べるだけでいいのだろうと考えていた。それなら簡単だ。面倒な校正も必要ない。そう思って、掘井さんから送られてきた写真をページにぺたぺたと貼り付けていった。それをプリントアウトして初校は簡単にできた。
 ところが、それを見ても、あたりまえだが、ただ写真が並んでいるだけ。これではまったく物語が伝わってこない。もちろん掘井さんの写真は素晴らしい。しかし、ただ並べただけでは、その素晴らしさがぜんぜん発揮されないのだ。
 写真集というのは写真を並べただけではだめなのか。他の写真集だって写真を並べただけだろう。そう思いながら、あらためて本棚にある写真集をめくってみる。もちろん写真を並べただけの写真集もある。例えば写真家として高名な作家の写真集は、ひとつのテーマで、これでもかというぐらい分厚く作品を展開していく。
 その一方で、ドキュメント写真の場合は、写真集でもレポートが付帯されていて、文字によって現場の様子が説明される。写真集といってもいろいろな作り方があるのだ。
 僕は掘井さんの写真を眺めながら、どういう構成にすれば写真がもっと生き生きと立ち上がってくるのかを考え続けた。しかし、まったくアイデアが浮かんでこなかった。毎日そればかり考えていたわけではないが、数カ月間ほとんど何も進展しなかった。判型を幾度か変えてみたり、ページ数を変えてみたり、あるいは章だても何種類か考え、そのたびに写真を組み替えてみたりもした。しかし、どうやってもうまくいかない。
 掘井さんも一度は出版をあきらめていた節がある。僕もダメかもしれないと何度も思った。
 このままではもうダメになるので、僕は掘井さんに文章を書いていただくことにした。当時のことを思い出してもらい、メモや日記から文章を組み立てて送ってもらった。その文章を読み、書き直し、削除し、ようやく一つの形にまとまった、ようにみえた。
 だが、それでも満足する本にはならなかった。
 いったい僕は何の本を出そうとしているのか。インドの写真集というテーマでは、漠然としていてまったく焦点が定まっていない。
 旅行人が出すのだから旅の本であるべきだ。この写真集はインドの旅の本でなければならないのだ。だが、どうしたら旅の本になるのか。
 困り果てていたそのとき、一冊の本を目にした。
 「牛若丸」という小さな出版社が出している小さな本だ。
 それは旅の本というわけではない。そこが出している本は、極めてデザイン的で造本が凝りに凝っていた。松田行正さんというグラフィックデザイナーが、自由に独創的にデザインした本ばかりを刊行しており、例えばページがB文字型に断裁された本とか、表紙に不規則な形の穴が開いていたりするような造本なのだ。

 ここに何か突破口があるのではないか。僕は直感的にそう感じた。
 普通このような本は造本にかなりのコストがかかる。それまで旅行人ではこんな造本をやったことがなかったので、いくらかかるのかまったくわからない。ところが牛若丸の本は安いものになると2000円で販売されている。
 こんな凝った本が2000〜3000円で販売できるようなコストで作れるのか。
 そこで、伝手をたどって、牛若丸出版に出向き、松田さんにお話をうかがいにいくことにした。