ギターのギブソンが特殊部隊に襲われた訳〜『国家を喰らう官僚たち』を読む

国家を喰らう官僚たち: アメリカを乗っ取る新支配階級

国家を喰らう官僚たち: アメリカを乗っ取る新支配階級

 ザンビアが不況で通貨が急落し、どうもこうもならない大統領が「不況脱却のため全国民が祈る日」を定めて国民に祈らせるというあきれた話が外電にあった。
http://www.afpbb.com/articles/-/3063532

 こういうあきれた話はアフリカだからなのかといえば、そういうわけでもない。インドでは政治家が占星術を頼りにしているのは有名な話だし、公明党だって日本の平和を仏様にお祈りしているだろう。全面的に仏頼みってわけじゃないだろうけど。

 しかし、このような神頼みなどまだマシだというあきれた話が、『国家を喰らう官僚たち』(新潮社、ランド・ポール著、浅川芳裕訳)に続々と紹介されている。こちらは神頼みではなく、神をも恐れぬ米官僚の暴挙の数々。著者のランド・ポールアメリカ共和党の議員で、次期大統領候補だそうだ。

 この本で紹介されている暴挙は、例えば、ギブソンギター社が突如、自動小銃や防弾チョッキなどで完全武装した特殊部隊に襲撃された事件。もちろん特殊部隊は政府が派遣したものだ。ギブソンギターといえば皆様もご存知あの有名なギターのギブソンだ。なんでギターを作る会社が武装した特殊部隊に襲撃されなくてはならないのか? これがさっぱりわからない。なにしろ襲われた本人もわかってないんだから。
 本文には次のように書かれている。
ーー電話連絡を受けた。国土安全保障省ナッシュビルにある工場を襲撃しているとの報告だった。最初、これは何かの冗談に違いないと彼は思った。すぐに、「私が作っているのはギターだ」と再確認したと回想する。一体どんな種類のテロリストの脅威があるというのか。国土安全保障上の問題に、ギターが関与しているというのか。

 そりゃ冗談かと思いますね。襲撃の理由は「レイシー法」に違反したからだという。この法律は、植物を国外から輸出入する際に、相手先の国の法律に違反した場合はアウトという法律だ。ギブソン社の場合、ギターの材料になる木材を、マダガスカルとインドから違法に輸入したという罪になった。

 日本人の常識からいえば、もしそれが事実だとしても、だからってなにも完全武装した特殊部隊で襲撃することはないだろうと思うだろう。いやいや、アメリカだから銃で反撃されないとも限らないしと思う人がいるかもしれないが、ところが、政府は何で襲撃したのか示すこともなく、ただ襲撃し、材料を差し押さえたまま、告発の手続きをまったく取らないという。それじゃ何のために襲撃したんだ? レイシー法に違反しているらしいということは、告発もしない政府をギブソンが訴えたためにようやく明らかになったのだ。

 そして、のちに明らかになるのは、「インド産の木材品は輸出される前に『改良』されなければならないと定めた法律を破ったから」。「改良」とは、商品はインドで製造されなければならないということを意味する。これはインドの法律だ。ギブソン社はそれを破り、アメリカ、インドの通関手続きを経て、関税を支払って、特殊部隊に襲撃されたというわけ。

 「ウォールストリート・ジャーナル」によれば、ギブソン社は罰金30万ドル、連邦魚類野生生物基金へのコミュニティーサービス代5万ドルの支払い、犯罪調査の一環として押収されたマダガスカル製エボニー材26万1844ドル相当について所有権を放棄させられている。
http://jp.wsj.com/public/page/0_0_WJPP_7000-490754.html
 インドとマダガスカルの法律に違反してアメリカ政府がこれほど手間と費用をかけるとは。米兵が日本の法律に違反しても無視するくせにねえ。

 この他にもあきれた話がいくつも紹介されている。ウサギを飼育して4億円の罰金を科された哀れな少年とか、14センチより大きいロブスターがほんのちょっと漁獲物のなかに混じっていただけで数年間刑務所にぶち込まれたかわいそうな漁民とか、自分の土地の土を、自分の土地のなかで移動させただけで1年半刑務所に入れられ、さらに1年半更正訓練施設を過ごさなくてはならなかった男の話とか、ほんとにこれアメリカの話なの? という話が満載だ。

 官僚機構が肥大化し、暴走が止まらなくなった結果だと、著者は口を極めて批判する。確かにこれは異常な事態と言わざるを得ないのだが、著者は典型的なリバタリアン(他人の権利を侵害しない限り、個人の権利が政府の介入なしに完全に認められるべきだと主張する人々)で、政府が空港で身体検査することにも腹を立て、国民皆保険にも反対し、銃規制も大反対する。銃規制に反対するのなら、政府が完全武装で襲撃することに文句をいえる立場じゃないだろうと思うが、それはさておき、共和党の次期大統領候補だけあって、威勢よく政府を攻撃しまくっている。

 政治家の話なので、自分に不利なことは書かないし、客観的とは言い難い描写も見受けられるが、肥大化した官僚機構がもたらす害悪について、このような事例を知ることは興味深い。一方、TPPなどによってこの悪影響が日本に及ぶ可能性があるのかもしれないと思うとぞっとする。大丈夫か、日本政府。