ピラミッドは誰が造ったのか〜『ピラミッド・タウンを発掘する』を読む

 日本のインディ・ジョーンズ、などというと本人が気を悪くするかもしれないが、新進気鋭のピラミッド学者、河江肖剰(かわえ・ゆきのり)さんの『ピラミッド・タウンを発掘する』(新潮社)を読んだ。

 エジプトを訪れた際、もちろんピラミッドを見にいった。意外だったのは、有名なギザのピラミッドがカイロ市街のすぐそばにあるということだった。ピラミッドは何もない砂漠の中にそびえたっているというイメージだったが、そうではなくてカイロの街並みがすぐそこに見えるほど近かったのだ。

 ということは、ピラミッドは昔から人々の生活と近接していたということであり、多くの人間がここを手軽に訪れていたことだろう。謎の多い神秘的なイメージを持つピラミッドが、これほど身近な存在であることが僕には実に意外だった。

 しかし、ピラミッドが今でも多くの謎に包まれているのは事実である。それに挑んでいるのが河江さんなど多くのピラミッド学者であり、この本では最新の学説や研究成果が非常にわかりやすく解説されている。

 この本を読んでまず驚くのは、ピラミッドは近年まで測量データを取るという基本的な調査さえ重要視されず、調査もほとんどやられてこなかったということだ。それはピラミッドの研究が、研究というより財宝やミイラの発掘ばかりに目が向いていたことにあるらしい。学術調査などよりお宝に目がくらんでいたのですね。それがようやく近年になって、きちんとした学術調査が行われるようになり、財宝ではなく、食器のカケラやカマドの跡などが研究対象となっていったという。

 きちんとした調査が遅れたせいで、ピラミッドはニューエイジ信奉者の格好の餌食となる。あのような巨大で精巧な建築物を昔の人間が造れるわけがない、宇宙人が造ったんだとか、好き勝手なことをいっていたわけだ。僕のような常識人はそのようなタワゴトを信じることはないが、ピラミッドには神秘的で不可解な謎がつきまとってきたのは否めない。この本には、結果的にそのような世迷い言を一蹴する研究成果も発表されている。

 例えば、ピラミッドに使われている巨大で重い石を、昔の技術で精緻に積み上げることは不可能だから、あれは宇宙人しかできないと唱える愚か者に鉄槌を振り下ろす。ピラミッドに使われている石は60トンだそうだが、実は古代エジプトにおいて60トンの石など軽い方で、1000トンを超える石も各地で使用されているという。それを運び、積む技術も検証されている。例えば小型のピラミッドを建設する実証実験が行われ、2トンの石を20人で傾斜路を引きあげることができたという。検証によれば当時の技術で、1人0.5トン、傾斜がある場合は9人で1トンを引くことが可能だったそうだ。

 ピラミッド建設の問題は、このような技術にあるのではなく、建設事業に携わる多くの人間たちをどのように組織化したかであると河江さんはいう。それがこの本のタイトルであるピラミッドタウンの発掘だ。多くの労働者がピラミッドのそばにある町ピラミッドタウンで生活していたことが、河江さんたちの発掘によって徐々に明らかになっている。そこでわかってきたのは、神秘的な謎ではなく、大事業に携わる多くの人間の生活である。カマドの跡が発見されると、河江さんは当時の記録と付き合わせて実際にパンを焼き、試食し、カロリー計算までして、それで肉体労働が可能かどうかを検証していく。

 この本を読むと、ピラミッドから神秘的な謎が薄れていくと同時に、当時の人々の生活風景が鮮やかに浮かび上がってくる。河江さんは学者として宇宙人が造ったことを100%否定することはできないといっているので(すべてにおいて100%断言する学者はいないそうだ)、私がかわりに断言しておこう。ピラミッドは間違いなく人間が造ったものである。本書は現在のピラミッド研究の最前線がわかる貴重な1冊となっている。ピラミッドを見にいく予定のある方は、その前に是非この本をお読み下さい。ピラミッドの見方が変わります。

ピラミッド・タウンを発掘する

ピラミッド・タウンを発掘する