『謎の独立国家ソマリランド』

 高野秀行さんの『謎の独立国家ソマリランド』(本の雑誌社)の紹介だ。仕事や雑事に追われて、なかなか書けないでいたが、その間に重版もかかり、順調に売れているようでご同慶の至りである。とにかくおもしろいことはまちがいない。私はこれまで高野さんの代表作は『西南シルクロードは密林に消える』(講談社)だと思ってきたが、今後はこの本にする。デビューして20年以上して代表作を書くとはタダモノではない。本人も書いているが、ソマリランドに関する日本語の本はほとんどないらしい。そのなかにあって重版がかかるほど売ったのは快挙だろう。ニューヨークやロンドンではなく、ほとんどの人が実態もよく知らない国の話なのだ。

 ソマリランドと聞いてどういうイメージかというと、ほとんど「海賊」とか「内戦」ぐらいしか思い浮かばない。いや、この連想はソマリアで、ソマリランドではないので、何も知らないといってもいい。ソマリランドソマリアと違って実は平和で治安もいいらしいという話は聞いていたが、それでもどういう実態なのかぜんぜん知らなかった。この本は私のような人間にぴったりだ。その実情がわかりやすく書かれている。

 のっけから驚くのは、ソマリア周辺の勢力図だ。南にソマリア、北にソマリランドがあるのは知っていたが、その中央にプントランドという国が記してある。しかも「海賊国家」となっている。こんな国があったとは。もちろん諸国から認証された「国家」ではないが、それでも一定の国家機能を果たしているという。実は他にもこういう「未承認独立国家」がぞくぞくと登場してくる。いったいどうなってんだ、というところからこの本は始まっていくのである。

 ソマリアはよく無政府状態だといわれるが、それは間違ってはいないらしい。高野さんによれば「戦国南部ソマリア」ということになる。氏族で覇権争いをし、各々が縄張りを持っており、中央政府は存在しないのだ。いったいそれで人々の生活、貨幣、病院、学校などはどうなるのかと思うが、これが意外にも機能するという。例えば貨幣。20年間中央銀行が存在しないにもかかわらず、旧ソマリア時代のソマリア・シリングが今でも流通しているそうだ。しかし、新しく刷る機関はないので、紙幣がどんどんぼろくなっているらしい。病院も学校も氏族が経営し、そこを違う氏族も利用しているという。政府がなくてもなんとかなるのだ。

 ソマリア関係で最も悪名高いのは海賊行為だろう。このことについて本書では詳しく述べているが、海賊はここではビッグビジネスになっているという。外国人を誘拐して身代金をとるとは、なんという悪辣な連中だろうと思うが、ここではこういう行為が、私たちが思っているほど悪辣なことではないらしい。文化が違うのですね。捕まえたら誰も彼も殺すとなると、ソマリア人もダメだというが(現にアルカイダの流れをくむアル・シャバーブはすぐ人を殺すとソマリア人からも嫌われている)、金持ちを誘拐して金をふんだくるのはビジネスの一種ととらえるむきがあるようだ。だから、「ああいう海賊連中はどんどん撃ち殺せばいいんだよ」というソマリランド人もいるそうだ。

 その、あまりにも違う文化、環境、気質にとまどいを覚えるものの、そこには「ハイパー民主主義」なるものが存在すると高野さんはいう。日本の民主主義よりずっと進んだ民主主義がそこにあるというのだ。それがどういうものか本書をお読みいただければと思う。

 実におもしろい本なのでケチはつけたくないが、もう少しカラーページを増やして欲しかった。税込2310円もするのに、たった8ページってどういうこと? 写真をちまちまと小さくしないで、せめて16ページにして(できれば32ページだ)、もっと大きく写真をレイアウトして欲しかった。それだけが唯一の苦情です。装幀もすばらしい。

 

 高野さんが最近公開した本書の予告動画がある。これです。