路上のプレゼント

 先週の水曜日の夜のことだった。仕事を終え歩いて帰宅していた。バス通りから路地に入ったところで、飲み物の自動販売機の前で自転車に乗った30歳ほどの男が、私に手招きして言った。
「ちょっと、ちょっと、当たったから、どうぞ」
「え?」
自動販売機が当たり」
「それはつまり当たりのもう一本をプレゼントしてくれるってことですか?」
「そうそう」
「それはどうもありがとうございます」
 その人は急いでいるのか、さっさと自転車で去っていった。
 缶コーヒーを、当たったからと言って差し出されたのなら、中に睡眠薬や毒物が混入されている危険性もないではないが、彼は当選権を私に無償譲渡してくれたのだ。これから好みの飲み物のボタンを押し、新しい飲料品を入手するのだから、危険性はまったくない。
 缶コーヒーのボタンを押した。がらがらという音をたてて温かな缶コーヒーが落ちてきた。私はそれを飲みながら再び帰途につき、こんな珍しいことは生まれて初めてだし、もう二度と起きることはないだろうなと思った。
 3日後の土曜日の夜だった。その日も私は仕事を終えて帰途についていた。会社があるマンションを出てすぐに、後ろから声をかけられた。声の主はやはり若い30歳前後の男で、白いセダンに乗っていた。
「すいませ〜ん、ちょっといいですか」
「はあ、なんでしょうか」
「これ、あげます」
 男はそう言って、白い小さな紙箱を車の窓から私に差し出した。何故か私に物をあげたいという人が急激に増加しているようだ。世界情勢はなかなかいい傾向にあると考えられる。
「それは何ですか?」
「腕時計です」
「なんで腕時計を私にくれるんですか」
「いやね、今日この時計の展示即売会がありましてね。それが終わって、私はそこからの帰りなんですけど、時計は100個持ってきてて全部売れたんですけど、何故か1個だけ余分に持って来ちゃってたんですよ。数があわなったのは私のミスなんです。だけどこのまま持って帰ると上司に怒られちゃうんでね。だから、あなたに差し上げますよ」
 男はそういって箱を開け、中の腕時計を私に見せてくれた。ローレックス風のデザインだが、暗いのでよくわからない。
「これはどこの時計ですか」
「どこってブランド品ですよ。ほら、こういう品質証明書も付いてます」
「それを私にタダでやるといってるんですか?」
「いやだなあ、疑わないで下さいよ。今事情はお話ししたじゃありませんか。決して怪しいもんじゃないですよ」
 怪しさ全開じゃないの。疑うなってほうが無理だよ。持ち帰ったら上司に怒られるから、そこらへんを歩いてる人に声をかけてプレゼントする、なんて話を信じる人がこの世にいると思うのかね、君は。もう少しましなストーリーを考えられないのか。
「私はけっこうですから、他の人にあげて下さい」
 私がそういって時計を返すと、その男も急いでいたのか、さっさと車を発進して去ってしまった。練馬でもいろいろとおもしろいことが起きるものだなあと思いながら、私は再び帰途についたのだった。