すっきりしないぞ『ピコラエヴィッチ紙幣』

 正月に帰省したとき、本を持っていくのを忘れたので、駅の書店で『ピコラエヴィッチ紙幣〜日本人が発行したルーブル紙幣の謎』(熊谷敬太郎、ダイヤモンド社)という本を買った。アムール川の河口にあるロシア極東最大の港ニコライエフスクで、日本人商人島田元太郎が「島田商会札」という買い物券を発行することから始まる物語である。この島田商会札は買い物券とはいえ、当時信用を失っていたルーブル紙幣にかわって流通したという。サブタイトルのように「日本人が発行したルーブル紙幣」になったわけだ。

 軍が占領地で軍票を発行するのはよく聞く話だ。日本軍もインドシナ半島、マレー、フィリピン、ビルマなどで発行しているし、この島田商会札と同じ頃、シベリア出兵した日本軍はシベリアや満州で使用するために日本語とロシア語表記による軍票を発行している。

 以前、ビルマで日本軍の発行した軍票が土産物として売られていたが、それがまるで新札同様の美品だったと旅行者が言っていた。なぜ古い時代の軍票が新品同様の状態で売っていたのか不思議だったが、なんと軍票を印刷した印刷機と版がまだ残されていて、それで新しく軍票を印刷して土産物として売っていたという。実に笑える話だが真偽は定かではない。

 で、話は本に戻る。この本は島田商会札を印刷しにニコライエフスクへ渡った印刷工員が主人公の小説である。現地では島田商会札をピコラエヴィッチ紙幣と呼んでいたそうだが、それは最初に刷った紙幣に誤植があり、ニコラエヴィッチと刷るべきところをピコラエヴィッチと刷ってしまった(НをПに誤植した)ので、そのままピコラエヴィッチで通用するようになってしまったのだそうだ。が、このあたりから事実なのか虚構なのかわからなくなってくる。小説だからしょうがない。

 そして、このニコライエフスク、日本名で尼港にロシア赤軍が攻め込んできて、市民のほとんどが虐殺される「尼港事件」が起きる。

──1920年に入って、反革命政府(コルチャーク政権)が崩壊し、極東ではいわゆるパルチザンの勢力的な活動が展開されるようになる。反革命軍が力を失ったニコラエフスクでは、僅かな数の日本軍が兵力の中心であった。そしてついに、武力衝突が発生し、およそ700人の日本人居留民と陸海軍将兵が殺害された。(ロシア革命で被害を受けた日本人−函館を中心に 清水恵)
http://moct.web.infoseek.co.jp/shimizu/shimpo/hokkaido_tohoku.htm

 というわけで、この尼港事件はもちろん史実だが、それを印刷工の主人公と美しいロシア娘との恋愛を絡めて、いかにもという感じの物語に仕上げている。

 小説だからしょうがないんだろうが、こんなわざとらしい話はいらないんじゃないの? なにしろ日本人を含めロシア人など数千人が虐殺された大事件なのだ。そういう話にラブストーリーなんかわざわざ入れなくたって……と、思ったわけだが、しかし、この物語を最後の最後まで読むと、この恋愛話にとんだオチがつく。えええ!?と私は声を上げてしまったが、それを書くとネタバレになるので書かないけど、このオチって、ホントなのか虚構なのか、うーむ、よくわからない。正月から最後まですっきりしない小説であった。