濱さんのこと(3)ロールスロイス・ファントム2のレストア

 そして、濱氏はいよいよ最初に書いたクラシックカーの制作に。この車のシャシーは、父である徳太郎氏が所有していた1933年製ロールスロイス・ファントム2(9MW)のものだという。なんと80年も前の車なのだ。徳太郎氏はそれを1957年に手に入れたそうだ。それを受け継いだ素紀氏は自宅のガレージで1980年代前半からレストアを開始する。

 圧巻なのが、FRPによるボディの制作だ。このファントム2のボディはすでに失われている。したがって、まったく新しくデザインし、作り直さなくてはならないのだ。
濱「最初はモダンなデザインを考えていたんです。でも、そういうデザインにすると車体が大きくなりすぎる。このシャシーに合うのは、やはりクラシックなスタイルだったんです」
──クラシックなスタイルを新しくデザインするのはむずかしそうですね。
濱「僕は1930年代の車のスタイルによく馴染んでいたんです。車のラインが頭に入っていましたから」
 だから、そのようなデザインをすることが可能だった。
 とはいえ、ただ紙の上でデザインをすればできあがるわけではない。デザインしたものを、ひとつひとつ自分の手で作り上げていかなければならないのだ。例えばドアのノブひとつとっても、それは素紀氏が一から自分の手で作り上げたものであるという。
濱「こういう部品はまず木でその形を彫るんです。木型を作るんですね。それを鋳物屋さんに持っていって木型から金属部品を作ってもらい、さらにそれをメッキ屋さんでメッキしてもらってできあがる」
──それは大変な手間ですね。コストも相当かかるのではないですか?
濱「いや、メーカーが工業製品として作る場合は、過程で利潤が加えられますが、自分で直接お願いすると、こういう部品は数千円という単位でできるものなんですよ」
 数千円とは驚くほど安い。そんなものでできるのか。正確な数字ではないが、メッキしたドアノブは1個2500〜3000円ぐらいでできるものだそうだ。
──ロールスロイスのエンブレムまで自作なさったんですか。
濱「そう、これも作り直しました。本当のロールスロイスのエンブレムはこれですけど、このRの書体がかっこ悪いから、勝手に変えちゃった(笑)」
 ロールスロイスの書体がかっこ悪いから変えちゃったという姿勢がすばらしいですね。
 この車のレストアには、このような素紀氏の精神が遺憾なく発揮されている。例えば、リアトランクの鍵は、古いマンションで使用されていたドアの鍵を転用したという。
濱「マンションを解体して出てきた鍵があったんでね、それを手に入れて。美和ロックってのはよくできてるね。シンプルだけどきちんと作られているんです」
 また、運転席に付いていたオリジナルの時計も、すでに動かなくなっていたので、自分で改造して中身をクオーツに変えてしまうなど大胆な改造を行い、「ロールス・ロイスのブランドに怯むことのないユニークな工夫」(Wiki)と讃えられた。一部には、このレストアに感動した木曾谷奈良井宿の漆塗り職人の申し出で、漆塗りのウッドパネルも採用されている。

 何年もかかったレストアが終わったのが2011年のことである。このレストアの記録は、素紀氏によって雑誌「Old-timer(オールド・タイマー)」(八重洲出版)に連載された(レストア記録は2002年2月号No.62から2011年6月号No.118まで)。試乗記が掲載された2013年8月号に、素紀氏は次のように書いている。
──非常に良質の素材に丁寧な加工を施された部品の集合体であり、しかもこのクルマは走行距離が22526マイル(3万7000km余)という僅かなものなので、エンジン内部を始めとして動く箇所にはどこもまったく摩耗が見られなかった。

 新しい車体と、修復されたエンジンで生まれ変わったロールスロイス、ファントム2。その美しい姿がこれだ。何も知らないでガレージの中を見た私の目に飛び込んできたのがこれだったのだ。私がいかに驚いたか容易に想像がつくことと思う。

copyright「Old-timer」

 最後に、素紀氏に質問した。コーチビルダーとして、濱さんが最も好きな車は何ですか?
濱「シトロエンDSです。本当に美しい車ですね。あれをデザインしたのはフラミニオ・ベルトーニですが、彼は彫刻家だった人なんですね。だから人間の身体の美しさを知り尽くしたデザインになっている。DSの美しい曲線は、女性の身体が持つ曲線の美しさと同じです」
 シトロエンDSといえば、ジウジアーロなどのデザイナーもいちばんにあげる名車である。正直いって僕にはよくわからないのだけど、一流のプロは一流を知るということなのでしょうね。

シトロエンDS

(おわり)