オーストラリア旅行

 それは昨年の暮れだった。新聞を開くと、派手な全面広告が目にとまった。今度日本に就航するオーストラリアの「ジェットスター航空」の広告だ。話題になったのでご記憶の方も多いだろう。就航記念でなんとオーストラリア往復チケットを8000円で販売するという。広告が出たその日一日に限り、この格安運賃が適用されるというのだ。以下、夫婦の会話。

私「8000円だってよ! 燃料サーチャージが22000円だから合計3万円だ。きっと電話ががんがんかかってつながらないだろうな」
妻「やってみないとわからないじゃん」
私「え〜、こんなのつながったことないぜ。無駄だよ」
妻「みんなそう考えて、電話しない人が多いかもよ」
私「そうかなあ」
妻「かけてみなきゃわからないじゃん」
私「つながりっこないよ」
妻「じゃ、やってみれば?」

 私はしぶしぶ電話をとってダイヤルしてみた。1回目、ツーツー、ツーツー。やはり話し中だ。2回目も話し中。やっぱりダメじゃん、と思いつつ3回目、4回目とダイヤルしたがやはりつながらない。これ以上やっても無駄だなと思って5回目をトライすると、なんと! 呼び出し音が鳴るではないか! あわわわ、まさかつながるとは思わなかったぞ。

 受話器の向こうでは、英語でアナウンスがあり、英語を希望する人は1番を、日本語希望の人は2番を押せという。私はもちろん2番を押したが、うちの電話はダイヤル回線なので普通に2番を押してもダメなのだ。それで2の前後に※やら#やらを押してみたが、結局出てきたのは英語の人だった。

係「どこへ行きますか?」
私「どこって、オーストラリアです」
係「オーストラリアのどこですか」
私「え? どこ行きのチケットがあるんですか?」
係「ケアンズゴールドコーストです」
私「(どっちもよく知らないなあ)う〜ん、じゃ、ゴールドコースト

 これまでこんなにいいかげんに海外旅行の行き先を決定したのは初めてのことだが、なにしろ電話がつながらないのを前提にしてかけているので、全然心構えができていなかった。下手な英語でなんとか6月中旬出発のチケットを2人分手配して電話を切り、ため息をつく。

妻「それで、飛行機は何時に出発なの?」
私「あ。聞くのを忘れた。だけどあとから日程表はメールしてくれるって話だから」
妻「それで、二人で6万円だった?」
私「え? いや、78000円ぐらいだな」
妻「なんで? 話が違うじゃない」
私「えー、よく見ると、出発時期によって運賃の変動があると書いてある。だから39000円てことだね。まあ、それでも安いよ」

 そうして私は風呂に入った。まさかつながるとは思わなかったけど、オーストラリアで39000円は安いよな。私は温かい湯に浸かりながら、今あった出来事をゆっくりと思い返していた。

 オーストラリアか。しかし、私は今までオーストラリアに行きたいと思ったことはなかった。そうやって考えると、今でもそんなに行きたい訳じゃないぞ。それじゃ、なんでオーストラリア行きのチケットなんか買ったんだ? そもそも、そのゴールドコーストってーのはどこにあるんだ? どこにあるのかも知らないで私はチケットを買ったのか。だいたい、電話がつながるかつながらないかを言い合っていたのであって、オーストラリアに行きたいかどうかなんて話はしなかったじゃないか。話の順序が違うだろう。まず、オーストラリアに行きたいのかどうか、行きたいのならどこに行くのかを話し合い、それからその電話がつながるかどうかを言い合うべきだったのだ。うーん、78000円損した気がしてきたぞ。

 しかし、すでに賽は投げられて、なんだか裏目が出てる気がする。私はコアラも珊瑚礁もカンガルーも興味がない。なんというか、振り込め詐欺には絶対引っかからない自信があったが、安売り詐欺には引っかかるかもしれないという気がしてきた(もちろんジェットスター航空は詐欺ではありません)。今年の12月発売号にオーストラリアの記事があったら、背後にはこのような謎の事件があったことを覚えておいていただきたい。