美は細部にも宿る

 昨日まで開催されていた池田学の個展を、中目黒のミヅマアートギャラリーへ見に行く。
 http://mizuma-art.co.jp/top.php

 池田学はマスコミでもよく取り上げられているので、ご存じの方も多いだろうが、この前は朝日新聞で「ニュー若仲派」などと書かれていた。丸ペンによるものすごい描きこみで圧倒するパワーを持っている絵なのである。丸ペンは漫画家が細かな斜線などを描くときによく使用する特殊なペンだが、池田氏は10cm平方を描くのに丸一日かかるというから尋常ではない。

 絵の解説を言葉で長々としても、私の解説ではそのおもしろさを伝えることはできないので、ちょっとそのほんの一端を見ていただくと(小さなパソコンの画面で伝わるものではないのだが)、こんな感じ。

「予兆」全体図(190×340cm)

「予兆」部分図(砕け落ちる波の中央部の少し下のところにこの部分があるのだが、わかりますか?)


 ギャラリーで展示されていた作品は、この「予兆」と、A4ほどの小品2枚。わずか3点の個展というのは初めて見たが、この「予兆」を見るだけでも、ものすごく時間がかかるのだ。普通の展覧会だと、壁に絵が並んでいて、観客がその前に数分間立っては次の絵に進んでいくという光景が見られる。だが、ここではメインの作品が1枚しかないので、観客はみんなその前にいる。細かな描きこみを丹念に見ていくのは非常に時間がかかるので、前の人は座り込んで眺めているのだ。

 実際、この大作を目にすると、そのディテールを眺めるのが楽しいので、ここでは人がスキーをしている、このバスの中には骸骨がいる、あそこでは坊主が念仏を唱えている、といったぐあいに、さまざまな発見をして遊ぶことができるのだ。もちろん全体の構図もすばらしいのだが、この圧倒的な描きこみの前にすると、われわれ観客は池田学の世界に引きずり込まれていくという仕掛けなのである。


ロジャー・ディーン

 「予兆」をみていたら、ひとつにはロックバンド「イエス」のジャケット画で有名なロジャー・ディーンを思い出すと当時に、私が昔好きだった画集を思い出した。池田学はブリューゲルのようだといわれているが、僕が連想したのは『VISIONS』という画集だった。1977年に出版されたこの画集は、さまざまなイラストレーターの作品を集めたものだが、サイケデリックというか、ドラッグアートの影響を受けた精神世界系のアートである。細かな描きこみがある作品が多いのだが、たとえばこのクリフ・マックレイノルズの「到着」という作品をごらんいただきたい。作品全体のサイズは100×150cmだから、「予兆」のおよそ半分である。

「到着」全体図(油絵)

部分図(全体図の右下の一部分を拡大したもの)

 どうですか。こちらもなかなかの描きこみかたでしょ? 時代によって描きこまれるものは異なるが、彼らが丹念に描きこんだその世界は、圧縮されたその時代そのものであるようにも思える。