営業に出る


 もうすぐ私の久しぶりの新刊『シベリア鉄道9300キロ』が出る(ちょっとくどいな)にあたり、この1週間は営業に出た。出版社の営業というのは、どういうことをやるのかというと、私の場合はまず見本を作り(20ページ分ぐらいカラーでプリントアウトして本のように仕立てたもの)、それと注文書を持って、東京都内の書店をまわって注文を取るのである。ま、ご用聞きのようなものですね。ざっと20軒ぐらいまわった。


 普通はまずファクスで注文を取って、それで返答のない書店には電話でお伺いをたてる。刷り部数にもよるが、多めに刷ったらなるべくたくさん配本する必要があるので、こうやって営業が書店に出て、担当の方と対面して注文をいただくのだ。このような本なのでよろしくお願いしますと直接説明するのとしないのでは注文の数が違う。この注文総数を取り次ぎに持っていくと、それをベースに書店への配本数が決定されることになる。


 たぶん、取材も執筆もデザインもやって営業で注文まで取る著者は、日本でも私ぐらいのものかもしれない(いや、断言はできません。他にもいるかもしれませんが)。究極の手づくり本だ。普通こういうのは自費出版というのではないかとも思ったりするが、一応うちの場合は自費出版の範疇には入らない(と思う)。自社出版かな。他に例がないと思うので、呼び名はないのではないかと思うが(それもよくわからない)。


 出版社の経営者が、自伝やエッセイを出版する例は多い。その場合、だいたい自社ではなく、他社から出すことが多いようだ。そうでないと自費出版のようでかっこわるいとか、客観性が保てないという事情があるのだと思う。なので、特に自慢できることではないんだけど、うちの場合はまあしょうがないというか、そうならざるをえない。もともと旅行人は自分の企画を実現させるためにやってきた出版社ですからね。


 営業は慣れの問題もあると思うが、毎日机でコンピューターにかじりついて作業している私には精神的につらい部分もあった。ちょっと恥ずかしいのですね、最初は。50過ぎてそんなことを言ってる場合か、と自分でも思うので、それを軽く乗り越え、営業トークを放つ。これがまた言い慣れていないので、いかにもたどたどしくて、それがまた恥ずかしいんだが、それもまた回数の問題で、電車の中で、イメージトレーニングして言わなくてはならないことを反芻する。そうこうしているうちに、だんだん慣れてくるものである。自分の本の注文を取ったあとに、すかさず他の本の補充や注文もお願いできるようになってくる。


 書店に注文を取りに行く場合、問題はタイミングである。午前中の書店は、新しく店に届いた本を棚に並べたりするのに忙しいので迷惑がかかる。午後いちばんの場合は担当の人が昼休みである場合もあったり、場所によっては会社の昼休みに書店に来る客で混むこともあるので、これもまた店の様子をうかがわなくてはならない。ということで、結局午後1時過ぎくらいから5時前がベストなのだ(もちろんこれも店によって異なるのだが)。担当の方が休みだったりすると、注文を取る権限があるのはその人だけなので出直しになる。営業には携帯電話が必需品である。もはや好きだキライだと言っている場合ではない。


 1冊の本ができあがり、読者の手元に届くまでに、制作から販売まで、実にさまざまな場所を通過し、手続きを経ている。一人の著者として、こうやって書店をまわることでそのことを実感する。著者が書店をまわって営業することが必要だといっているのではないが、書店の担当の方とお会いして話をするのは、出版社の基本なんだなとあらためて思うことであった。