宮田珠己さんの新境地『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』

 

 14世紀、ジョン・マンデヴィルというイングランド人の旅行家がいた。中東、インド、中国、ジャワ島、スマトラ島を旅して『東方旅行記(マンデヴィル旅行記)』を発表し、ヨーロッパで多くの言葉に翻訳されて大ベストセラーになった。コロンブスはこの本を読んで新大陸発見の旅へ出たというほど絶大な影響力を持った本だったが、のちにこれは他の本からいろいろパクって一冊にまとめたことが判明し、あわれジョン・マンデヴィルは稀代の詐欺師呼ばわれされることになる。

 宮田珠己さんの『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』の主人公、アーサー・マンデヴィルは、このジョン・マンデヴィルの息子という設定だ。アーサーは『東方旅行記』を読んで感化された教皇からの命を受け、仲間とともに、伝説のキリスト教国プレスター・ジョンの王国を探しにはるかなる冒険の旅へ出る。その道中、さまざまな苦難や、珍奇な植物や生き物と遭遇する。いわばファンタジー小説だ。

 宮田さんのツイートを見ていると、宮田さんはかねてから中世ヨーロッパの旅行家・冒険家がもたらしたさまざまな報告記や見聞録を読むのが好きなようだ。この本は、そういった長年の読書から生み出された小説ではないかと思う。だからファンタジーといっても、宮田さんが勝手に夢想したものではなく、かつてインドやオリエント世界を見ることのなかったヨーロッパの人々に、旅行家や冒険家が示した奇想や想像の産物が物語に登場する。『東方旅行記』が発表された時代は、異国に住む奇怪な動物や植物は「ファンタジー」ではなく、実存すると信じられていた生き物だ。だからここでいうファンタジー小説とは、現代から見れば「ファンタジー」になるということだ。

 もちろん物語は宮田さんの世界だ。宮田さんはもともと迷路や迷宮といった不思議な世界が好きな人だ。旅に出ても迷子になると楽しいといい、旅先での異界感覚を愛する人で、この作品は彼の異界・異次元感覚が存分に発揮されている。なにしろ主人公のアーサー・マンデヴィルが宮田さんそのものだ。アーサーは3人の仲間とともに旅をするが、他の3人は舞台となっている中世の世界に生きた「人間」だ。その時代の常識で考え行動する。だが、アーサー・マンデヴィルは彼らと距離があり、現代的な思考で批判し、出来事を判断する。

 というか、要するにアーサー・マンデヴィルこと宮田珠己が物語のなかに入り込んで、中世の連中と珍奇な旅をするとどうなるかという話なのだ。だから、これまで宮田さんが実際の旅で遭遇した人々に対して「それでいいのか」「それはちょっとちがうのではないか」などといった突っ込みをここでも連発しながら旅が進んでいく。だから、これは紛れもなく宮田さんの旅行記だともいえる。

 これまで宮田さんの旅行記を愛読してきたファンは、ファンタジー小説でもほとんど違和感なく読めることはまちがいなく、これは現実には見ることができない異世界へ新境地を切り開いた宮田さんの、小説デビュー作にして傑作である。読み始めたら止まらない。ついに宮田さんが新しい世界を切り開いた。ファンは絶対に読み逃してはなりません! 今後も宮田さんは小説を書き続けたいということなので、小説家宮田珠己を心から応援したい。