『インド櫻子ひとり旅』

 衆議院選挙も終わり、今日から9月である。今年も残すところ4か月だ。3日前から腰痛が発生したが、今回は比較的症状が軽くて助かった。

 このたびの衆議院選挙には本当に驚いた。民主党が地滑り的な勝利をおさめた! からではなく、私の大学時代の同級生が立候補していたからだ。私は大学時代、漫研に入り浸ってばかりいたので、クラスにはまったく友人などおらず、クラスで顔と名前が一致する学生は3人しかいなかった。そのうち2人は野球部の花形選手だった(このうちの一人はのちにプロになった)から知っていただけで、残りの一人がこのほど立候補したそいつだったのだ。同じクラスでもこの3人以外の人が立候補したら多分気がつかなかっただろう。

 そいつは無所属、民主党推薦で立候補したが、残念ながら自民党新人候補に敗れた。民主党に入って比例重複していればたぶん当選だったんだろうが、会社も辞めて立候補した彼は、これからいったいどうするんだろうか。50過ぎの立派な大人の人生なので特に心配はしないが、同じ選挙区だったら私の一票を入れてあげたんだけどねえ。

 ところで、本日9月1日は私の新刊『わけいっても、わけいっても、インド』の発売日だ。数日前から書店に並んでいるようだが、数店から追加注文が入ってきているのが実にありがたい。さっきは「週刊文春」から電話があって、「著者インタビュー」というコーナー用に話をすることになった。10数年前にも一度ここに出していただいたことがある(ような気がする)。発売日が判明したらお知らせします。9月はトークイベントが2回もある異例の日程になっている(笑)

 さて、私の新刊が、インドのミティラー画を見に行ったり、マディア・プラデーシュ州やチャッティースガル州といったマイナーな場所で、先住民(アディヴァシー)のアートをたずねる旅行記であることは前にも書いた。たぶんインドの本のなかでも、かなりマイナーなテーマの本であることは間違いない。ところが、私の新刊が出る少し前の7月に、『インド櫻子ひとり旅』(阿部櫻子著、木犀社)という本が出たのだが、これが、私のその旅とほとんど同じ道程の旅であるのにひっくりかえった。ミティラー画を見にインドへ行き、そこからインド先住民の入れ墨画に引かれてマディア・プラデーシュ州やチャッティースガル州をめぐっていくのだ。

 実は、阿部櫻子さんは、以前、本誌「旅行人」145号の特集「インド民俗画の世界」で、入れ墨画についてお書きいただいたことがある。私は、この号の特集を読んで、あらためてインド民俗画に魅了され、そして先住民のアートを訪ね歩いたのだ。私よりずっと前(1990年代初め)にそういった場所をまわっていた阿部さんの本がこのタイミングで出るのは偶然ではあるのだが、個人的に先達でもある阿部さんのこの本は、実におもしろい! 読んでいてわくわくしっぱなしなのは、私があまり知られていないインドのマイナーな同じ場所を、同じようなものを求めて旅したからなのか、私には客観的に述べられる自信はないのだけれど、それでもこの本は本当におもしろい。

 この本の『インド櫻子ひとり旅』という書名を見ると、女性が一人でインドを旅したからなんなんだよ、と感じる方も多いかもしれない。私もこの書名には少し違和感を覚えるのだが、この一人旅は櫻子というかわいらしい女の子が、ちょっぴり危険なインドに勇気を振り絞って旅してみたの(ハート)というようなお気楽な内容ではぜんぜんないのである。女の子が初めてのインドの旅に出たというのはその通りなんだが、いきなりビハール州のミティラーに行って留学を試みることから始まり、そのあとにシャンティニケタンで数カ月暮らし、マディヤ・プラデーシュ州の奥地に「入れ墨画」を探しにいったりと、とにかくすさまじいほどの行動力。

 阿部さんは、インドに興味を抱く前にヒンディー語を学習している(珍しいタイプだ)。だから私と違ってインドが初めてなのに現地の人と話をすることができた。もともとインドに興味がない人なので、インドの有名観光地にも一切興味を示さず(もしかしたら知らなかったのかもしれない)、いきなり観光地とはほとんど関係のないマディア・プラデーシュ州やチャッティースガル州といったマイナーな州の、そのまた奥にある山間の村に入りこんでしまうのだ。そこで入れ墨画の職人一家に頼み込んで彼らに同行し、山の中を歩いて旅し(ホテルはもちろん道路もないからだ)、山間に住む先住民に入れ墨を入れる様子を観察するのである。これ以上ディープなインド旅行記はないのではなかろうか。

 だからといって、この本が学者が書くような入れ墨画の研究書かというと、まったくそんなことはなく、やはり彼女の旅行記なのである。ということで、結局のところ『インド櫻子ひとり旅』という書名は案外に的外れではないのだ。先住民の入れ墨に興味があろうがなかろうが関係なく、彼女の行動力に満ちあふれた旅行を楽しむことができる「櫻子さんのひとり旅」なのである。

 興味深い話がいくつもある中で、私がいちばん印象に残ったのは、彼女が山間の村で知り合った少年モハーン君の物語だ。この話だけで1冊の本になるのではないかと思えるほど波瀾万丈の物語なのだが(阿部さんにお聞きしたところ、もっと長い話だったのを紙面の都合上大幅にカットなさったそうである)、とてもここで紹介できる話ではないので、知りたい方はどうぞこの本をお読み下さい。私の本とこの本を続けて読むと、インドのマイナー州の世界がしばらく頭から離れなくなるかもしれません(といっても、阿部さんのマイナーはドマイナーな深奥の山間部で、私の行ったところは、せいぜい旅行者があまり行かないといって程度のマイナーにすぎないが)。

 もしかしたら、11月に阿部櫻子さんと対談トークイベントを開催することになるかもしれません。詳細が決まったらお知らせします。