カスピ海は「湖」なのか「海」なのか問題

 おひさしぶりでございます。またまた長い間ブログをさぼってしまい申し訳ありません。すでに1月も終わって新年のご挨拶もせぬまま、2月になって大雪に見舞われ、冬季オリンピックが終わったかと思うと、ウクライナでは政権がひっくり返り、もう3月になってしまった。まったくめまぐるしい。
 さて、私は今何をやっているかと申しますと、次の新刊の準備中です。自分の本。他に予定はないので。すでに「旅行人」で発表したコーカサスルーマニアに加筆し、このまえ行ったバルカン半島の旅を書き下ろして1冊にする。例によってタイトルに困っています。5月には出す予定なんだけど、うーん、けっこう際どいライン。

 ツイッターで書いちゃったけど(だからブログが更新されない)、次の本のことでカスピ海のことを調べていたら、おもしろい話が出てきた。
 カスピ海は海なのか湖なのかという問題。
 私は今までカスピ海は湖だと思っていた。世界最大の塩湖というのが世界の常識だと思っていたが、実は湖というのはそれほど厳密に定義されているものではないらしい。Wikiには「淡水と海水が混じっている汽水湖があることや、十分に大きな湖だと海のように見えることもあり、湖と海の概念の区分は必ずしも明確ではない」とあるが、カスピ海は「明らかに湖」と書いてある。
 陸地に閉じこめられている場合は湖で、閉じこめられていない場合は海というのが最も一般的なイメージだと思うのだが、カスピ海は陸地に閉じこめられているので湖だと考えるのが普通だろう。
 だが、海か湖かでカスピ海沿岸国で揉めているのだ。
 なぜか。
 それはカスピ海の油田のせいである。海と湖では適用される法律が異なるので、油田がどの国に属するかが変わってしまうらしい。湖の場合は、湖全体が沿岸国の共同管理になり、海の場合は国際海洋法条約によって領海が設定される。だから海になることで油田が自国の領海に位置するアゼルバイジャン、ロシア、カザフスタンは海だと主張し、領海ができても油田がないイランは湖だと主張している(「領海」に油田があるトルクメニスタンは態度がはっきりしないが、アゼルバイジャンが主張する「領海」のラインには抗議してきたそうだ)。
 正確に書くと、「領海」ではなく「排他的経済水域」を設定できることになる。そこでは、沿岸国が水産資源や地下資源を優先的に自分たちのものにできる。海の場合と、湖の場合では支配権の及ぶ範囲が異なるという地図がこれ。




 これにカスピ海の油田地図を見るとわかりやすい。確かにイランの「領海」にはほとんど油田がない。

 かつてロシアも湖派だったらしい。それが「領海」に有望な油田が見つかったので一転して海派に転向した。ロシアに限らないが、どこもご都合主義なんである。
 ところが、ロシアはまた湖派に転向しそうになったという。なぜかというと、アゼルバイジャンのバクーからトルコの地中海沿岸まで石油のパイプラインが建設されることになり、海だと主張していると、そのパイプラインの建設に口出しできなくなるからだ。
 このパイプラインはすでにできあがっているので、ロシアは抵抗できなかったことになるが、このパイプラインのルートに関しては、アメリカがロシアとイランを通過するルートは絶対に許さないという強硬な態度を取ったとされている(本来はイランを通過するルートが最短で合理的だった)。ロシアが抵抗しなかったのは、アメリカと裏でなんらかの取り引きが為されたという噂である。
 結局、いちばんおもしろくないのはイランだ。領海には油田はない、パイプラインも通らない。
 しかし、『コーカサス 国際政治の十字路』(廣瀬陽子、集英社新書)によれば、イランはすでにペルシャ湾に大規模な油田を持っており、その生産量(世界第2位)に較べれば、カスピ海から産出される石油を沿岸国で分配する量などほとんど問題にならないという。それよりもカスピ海地方における影響力や覇権をめぐる争いなのだそうだ。
 この海は湖かをめぐって「カスピ海サミット」が開かれているが、未だに決着はついていないらしい。しかし、パイプラインも完成し、沿岸国は各々の「領海」でどしどしと石油を採掘しては輸出しており、すでに「海」であるという既成事実は着々と積み上げられている。
 というわけで、カスピ海は「海」である。世界最大の湖はどこですか? という問題が出たら、カスピ海と書かないようにしよう。