『出星前夜』で夜も眠れない


 ルーマニアに行く前に買ってあったのだが、出発前は時間がなくて読めなかった飯嶋和一の新刊『出星前夜』(小学館)を、帰国してすぐに読み出した。この小説は前作『黄金旅風』から4年ぶりの新刊で、とても楽しみにしていたのだ。


 ルーマニアと日本では時差が7時間あるので、帰国した直後はそれなりに時差ボケしている。だから、時差ボケ解消には、日本の就寝時間になったらなるべくきちんと眠りにつくことが肝心なのだが、この本を読み出してしまったものだからいけません。ぜんぜん眠れない。もうやめて寝よう、ここまで読んだら眠ろうと何度も思いながら、どうしてもやめられない。しかし、4年ぶりの新作をどんどん読んでしまうのももったいない。うーん、もうだめだ、やめようと初日の夜に本を閉じられたのは第1部の終わり250ページのところだった。いや、もうすっかり朝になっていた。時差ボケはますます進む一方だ。


 飯嶋和一は寡作である。前述のようにこの『出星前夜』の前作『黄金旅風』が2004年で4年前だし、その前の『始祖鳥記』が2000年でこれも4年前、その前の『神無き月十番目の夜 』は1997年、『雷電本紀』が1994年、『汝ふたたび故郷へ帰れず』が1989年である。飯嶋和一の著作は、以上に挙げたわずか6冊しかないのだ。6作で19年かかっているのである。私が、他の作家の寡作ぶりを批判できる資格がないことは重々承知しているが、それにしてもだ、ファンとしては悲しいほどの寡作ぶりである。最近ではオリンピックの年にしか出してくれない。


 それはともかく、この『出星前夜』は「島原の乱」の歴史物語である。前作『黄金旅風』から一部、舞台と登場人物が引き継がれるが、これを読んでいなくても特に問題はない。島原の乱の話なので、もちろん結末がどうなるかはわかっているのだが、それでも手に汗を握るというか、読み出したら眠れないほど、次々に事件が迫り来て、読むのがやめられなくなる。島原の乱というと、天草四郎の物語だと私は思っていたので、その天草四郎がなかなか登場してこないという展開も、さすがにうまいと思う。というか、天草四郎が主人公として活躍する小説をこの作家が書くわけがないとは思うが。


 飯嶋和一の書く小説は、『神無き月十番目の夜』以来、主題として描かれているのは徹底して名もない人々である。主人公のように派手にたちふるまうのは、一応少々名のある人だったりするが、結局、小説の主題は名もなき人々の絶望的な戦いだ。『神無き月十番目の夜』の最後では、船戸与一も真っ青になるほど、登場人物がことごとく殺されてしまう。今回の結末は島原の乱だから、登場する人々がどうなるかはここで書くまでもないであろう。


 それにしても、この極端に寡作な作家の作品は、すでに高い評価を受けているし、たぶん本も売れているとは思うのだが、アマゾンでは意外に読者評が少ないのが少々気になる。4〜5年に1作しか発表しないで、いったい食えるのか、文芸賞の選考委員の連中は何をしているんだ、なんで直木賞じゃないんだ、などと憤っていたら、なんとこの方は、こういった賞をすべて受賞拒否しているといううわさである。うーん、奥が深すぎるぞ飯嶋和一! 次のオリンピックイヤーまで期待して待つ!


 

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