前代未聞のドキュメント映画『アクト・オブ・キリング』

　1965年、インドネシアで起きた「9.30事件」と呼ばれる大虐殺のドキュメント映画を試写で観た。この「9.30事件」は「20世紀最大の大虐殺」だそうだが、日本ではほとんど知られていない。私も知らなかった。映画のパンフレットには事件の概要が次のように書かれている。
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　1965年、インドネシア。スカルノ大統領（当時）親衛隊の一部がクーデター未遂事件をおこす。クーデターの収拾にあたった軍部のスハルト少将（後にインドネシア第二代の大統領になる）らは、事件の背後にいたのは共産党だとし、西側諸国の支援も得て65〜66年にインドネシア各地で、100万とも200万ともいわれる人々を“共産党関係者”だとして虐殺。以来彼らは、権力の座に就いている。
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　題名の『アクト・オブ・キリング』は、そのまま訳せば「殺人の行為」だが、「演技」にもひっかけてあり、「殺人の演技」と解釈することもできる。この映画は、「9.30事件」で多くの人を殺害した犯人に登場してもらい、なんとその本人に殺人の様子を再現演技してフィルムに収めたものだ。

　なぜ殺人者その人が、そのような再現演技に協力するのかという疑問が起こる。それこそがこの事件の恐ろしいところであり、この映画の独特なところである。虐殺を行った人々は、実は今でもインドネシアでは犯罪者ではなく、裕福な暮らしをし、しかも自分たちの行った虐殺は「英雄的な行為」だったと自負しているのだ。だから、彼らに虐殺を再現してくれと頼むと、喜んで引き受け、自分がいかに残虐に人を殺したかを喜々として語り、演技し、記録として残し、みんなに観て欲しいとさえいうのである。その結果がこのドキュメント映画なのだ。

　だからこの映画はじつに不思議な構成になっている。虐殺を演技（再現）した映画を撮るという様子を撮影したドキュメントなのだ。だから普通のドキュメント映画で使われる本物の（当時の）虐殺シーンはなく、再現した演技しか出てこない。この映画のドキュメント性は、演技する人そのものなのである。

　登場人物の一人アンワル・コンゴという男は、人のよさそうな普通の爺さんだ。若い頃は金のないチンピラで、アメリカ映画が大好きだった。だから映画の協力に乗り気だったのだろう。その男が虐殺部隊のリーダーになり、1000人もの人間を殺害する。映画では、彼がどうやって殺したかを細かく語り、そのシーンも自ら演技する。

　ところが、自分の行った虐殺を語り、事件を再現していくなかで、徐々にアンワルの様子が変化していく。そしてこうつぶやく。
「悪夢に悩まされるんだ。おれが殺した奴のせいだろうな」
　それを聞いた仲間は「そんなことを気にするな。医者に行ってビタミン剤でももらって飲めば治るよ」という。
　アンワルさんは本当にどこにでもいるような男だ。インドネシアを旅すれば、そこらじゅうにアンワルさんのような男が立っているのを見かけるだろう。だが、この映画に登場する仲間たちの顔ぶれは、ギャング、新聞社社主、インドネシア最大の民兵組織のトップ、現民兵組織地域リーダー、元副大統領、元北スマトラ州知事、元副青年スポーツ相といったすごい顔ぶれで（一人だけマツコ・デラックスそっくりな異色な男が出てくる）、そのうちの一人に、映画のスタッフがこういう。
「あなたが行ったことは戦争犯罪ではないのですか？」
　男はこう答える。
「あれが犯罪かどうか決めるのは勝者だ。敗者が決めるんじゃない。おれたちは勝者なんだ」

　100万人を虐殺した人間が、ごく普通の、あるいはエリート市民として登場し、雄弁に語り、再現の演技さえする。そんなドキュメント映画がかつてあっただろうか。この映画は極悪非道な人間の正体とは何か、そしてそれを認めるインドネシアという社会の異様さを描き出す。もちろんそれは彼らだけの話ではないことをこの映画は訴えている。過去の、あるいは未来の私たちの社会かもしれないと。

　この映画のことを知って、本当におっかなびっくり拝見したが、前述のように残酷な虐殺シーンが出てくるわけではないし、登場人物とその行いはギャグでさえある（笑っていいものか迷うのだが）。しかし、こんなドキュメント映画は前代未聞である。もちろん強力におすすめの一本だ。蛇足ながら、マツコ・デラックスさんにもぜひ観ていただきたい映画である。

『アクト・オブ・キリング』公式サイト
http://www.aok-movie.com/
4月12日公開

追加：知人から、被害者側からつくられたドキュメント映画があることを教えていただいた。
こっちは本当の記録映像が出てきます。
40 Years of Silence: An Indonesian Tragedy
http://youtu.be/ISRxBlgsHl4