「芸術新潮」の手塚治虫特集


 今年は手塚治虫生誕80年になるそうだ。「芸術新潮」がこの11月号で、手塚治虫生誕80周年記念と銘打って、「手塚治虫を知るためのQ&A100」という特集を組んだ。「芸術新潮」が手塚治虫の特集を組むとは思いもよらなかったが、しかし、いいアイディアだと思う。これは売れる企画だ。「芸術新潮」で漫画家の特集をやって悪いという決まりはない。うちの近所の書店では、「芸術新潮」はいつも2、3冊の棚差しだが、この号は平積みである。やはり書店だって売れると思ったのだろう。

 手塚治虫の特集をやるとすれば、他にどんな雑誌が考えられるだろう。「少年マガジン」や「少年ジャンプ」といった漫画雑誌だと逆にやりにくいだろう。「COMIC BOX」や「ぱふ」といったマイナーな漫画専門誌ならとっくにやっているかもしれない。あるいは芸術系の「美術手帳」とか。「ブルータス」とか「Pen」といった雑誌でも可能だろうし、高野文子の特集をやったことのある「ユリイカ」なら、評論家なり研究者が、作家の評論を掲載したりするだろう。

 ところがこの「芸術新潮」の特集は、タイトルにあるようにぜんぶ「Q&A」方式である。100の問いに、たったひとりの人、手塚プロダクション資料室長の森晴治さんという人が答えてしまうのである。こんな特集構成はあまり見たことがないが、「芸術新潮」で評論を載せるわけにもいかないのだろう。手塚治虫に関する素朴な疑問に答えてもらうという構成で全部をまとめている。ということは、どういう質問を考えるかがこの特集のポイントになる。

 質問は、「手塚治虫」というペンネームの由来といったかなり素朴なものから、執筆時のエピソードまでいろいろあるが、僕のような「手塚漫画世代」には、すでに知られていることが多くて新鮮味はあまりない。例えば、手塚の漫画は、雑誌連載から単行本にする時点で描き直しが多いことで有名だったが、それらをどのように描きなおしたか実際の原稿が示されていることなどはリアルでよかった。手塚治虫の全貌をとらえようとすれば、雑誌一冊でできることではないし、誰もが知りたいことを、こうやって「Q&A」方式で手短に切り取ってみせるのが、雑誌としては上手なやり方なのかもしれない。

 こういった質問の中で、手塚が「少年チャンピオン」で「ブラック・ジャック」の連載を始めるいきさつが紹介されている。この頃、虫プロが倒産したり最悪の状況だったが、手塚治虫漫画家生活30周年を記念して始まった連載だった。1973年、手塚45歳のときである。その頃のことを森晴治は「手塚はもうこのころには、「古いマンガ家」として位置づけられる存在だった」と書いている。

 この文章を読んで、僕もそういえばそうだったなと思い出した。僕は「手塚漫画世代」と書いたが、もうこの頃にはほとんど手塚漫画を読んでいなかった。「ブラック・ジャック」も好きではなかった。「鉄腕アトム」や「ジャングル大帝」といった手塚漫画で育ったけれど、徐々に手塚漫画から離れていき、ちばてつやの「紫電改のタカ」や石森章太郎の「サイボーグ009」などに夢中になった。「ブラック・ジャック」が始まった1973年といえば僕は17歳の高校生だが、この頃好きだった漫画は皮肉にも手塚が創刊した「COM」系の作家や、以前当欄でも書いたが、横尾忠則が表紙をデザインした「少年マガジン」だった。

 だが、手塚治虫は「ブラック・ジャック」で完全復活を果たし、続いて「三つ目が通る」も大ヒットする。僕は当時こういった手塚の少年漫画はほとんど読んでいなかったが、その後「アドルフに告ぐ」に代表される青年漫画も意欲的に発表し続けた。僕もそれらはよく読んだ。手塚治虫の描く世界は少年漫画から実験アニメまであまりにも幅広い。これほど幅広い作品を量産する漫画家はもう二度と現れることはないだろう。その業績は計り知れないが、あまりに生き急いだ作家であった。



追記:知らなかったのだが、「東京人」でも生誕80周年記念で手塚治虫特集を組んでいた。こちらもおもしろそうですね。