ナマイタチ

 今年も香港の友人夫婦がやってきて、九州の温泉に連れて行けというので、霧島から阿蘇へと車で案内した。妻のSさんは日本語が達者なので、日常会話が日本語でできるのが楽である。それで、彼女は目にとまった日本語がわからないと片っ端から質問する。

 車に乗っていると「ジンさん、キョーケン注意って何ですか?」
「キョーケン注意? キョーケンって狂犬のことかな。病気にかかった犬は危ないから注意しろってことじゃないの?」
「違いますよ。犬じゃないですよ。ケンは見るという字です」
「ケンが見る? それじゃキョーは?」
「協力の協に似ている字です。左側が月です」
「……脇? ああ、脇見注意かい。それはキョーケン注意じゃなくてワキミ注意って読むんだよ」
「ああ、そう、日本語は読み方がたくさんあって難しいですね。それでどういう意味?」
「脇を見るなってことだよ」
「でも脇見に注意するんでしょう」
「まあ、この場合の注意は、しちゃいけないという意味なんだな」
「ふーん、じゃあ、コイキリ注意ってどういう意味?」
「コイキリ注意? コイキリってどういう漢字だった?」
「ほらほら、あれですよ」
 彼女が指さしたところには道路の注意報サインがあり、そこには「濃霧注意」と出ていた。
「あれはノーム注意と読むんだよ。意味はわかるでしょ?」
「濃い霧をしちゃいけないという意味ですか?」
「いやいや、コイキリに注意して運転しようという意味だよ」
「ふーん、そうですか」

 車を降りて、阿蘇山頂に到着すると、さっそく彼女の質問。
「ナマイタチってどういう意味ですか?」
「ナマイタチ? うーん、阿蘇にはナマイタチとかいうイタチがいるんじゃないのか」
「イタチって?」
「イタチってのはキツネのような小さな動物だよ。だけどこんなところにイタチはいないよな」
「いますよ。阿蘇のナマイタチって書いてありますよ」
「どこに書いてあるんだ?」
 彼女が指さしたところには大きな看板があり、そこには次のように書かれてあった。
阿蘇の生いたち」
 私はしばらく笑いがとまりませんでした。