2冊の選挙本


 政治が騒がしい。自民党が2つの選挙で敗れたばかりだが、その政治と選挙をめぐる本を2冊読んだ。

 まず、1冊目が、実に珍しい選挙小説で真保裕一の『ダイスをころがせ!』(毎日新聞社/1800円)。選挙などがどのような小説になるのかと、かなり不思議な気がした(というか半信半疑だった)のだが、書き手があの真保裕一だし、もしかしたらおもしろいかもしれないと買い求めて読んだ。

 もし選挙を小説にするとすると、単純に考えられるのは、対立候補者との死闘・・企業や組合あるいは宗教団体など各種団体をからめた駆け引き、そして、そこで殺人事件が起きて、その犯人の汚名を着せられた主人公が、ついにその真犯人を突き止めると、意外やそれが! てなストーリーなどを考えてしまうんだが、これがぜんぜんそんなことはなかった。

 信じられないことに、この選挙小説、そのような小説的な物語はほとんどなく、明るい未来と正しい政治を信じる若者が理想に燃えて立候補し、選挙に挑むという、ただそれだけの話なのである。これで小説になるのか? と僕なんかは思うが、なると思ったからこそ真保裕一は書いたのだろう。

 しかし、その理想主義を主人公が路上で演説する場面を文章で描かれてもしらけるばかりである。有権者である皆さんが一票を投じないと政治はよくなりません! なんて連呼して、それが小説の文章に登場してくるのである。選挙に立候補すると嫌がらせの電話や中傷行為などが描かれ、そういうところはやや緊張感もあり、なるほどなと思ったりもする。だが、それも「有権者の一票がつくる正しい政治」という立候補者のしらけた主張のために台無しである。もうちょっとましな政治公約を考えられなかったの? これで主人公が当選するのか落選するのかは読んでのお楽しみだが、僕はすすめない。

 もう一冊は、ノンフィクションで小林照幸の『政治家やめます。』(毎日新聞社/1700円)。どうも自分は政治家には向いていないという前代未聞の理由で政界を去った元自民党代議士・久野統一郎の物語である。

 脂ぎった下品な顔つきの揃った自民党代議士連で、向いていないというだけの理由で本当にあっさりと衆議院議員を辞めてしまうとは興味深い。小林照幸が、この久野統一郎を丹念に取材して、なぜ彼が議員を辞めるに至るかを描きだした作品である。

 この本を読むと、久野が所属する自民党や、その派閥、あるいは彼の選挙区、そして彼を支持する人々の思惑などがよく理解できて、なるほどこれでは政治家がイヤになるのも無理もないと思うし、政治が国のため、人々のため、というよりは、義理と人情で動いているのかがわかる。当然のことながら実に日本的なのだ。

 率直にいうと、この作品は小林照幸の中では最上のものではないかもしれない。しかし、小林照幸は1968年生まれの34歳である。この若さで、このテーマで、これほど質の高いものを書けるということに、僕はただただ驚くのみである。小林照幸おそるべし!

 いかに小説であろうとも、日本の選挙をテーマにする以上、小林照幸の描いたこの政治の社会が見えていない限り、おもしろいものは書けないだろうと感じた。皮肉にもこの2冊は、同じ年に、同じ毎日新聞社から出たが、くっきりと明暗を分けた気が僕にはする。


ダイスをころがせ!〈上〉 (新潮文庫)
真保 裕一
新潮社 (2005/04)
売り上げランキング: 171172


政治家やめます。―ある自民党代議士の十年間
小林 照幸
毎日新聞社 (2001/06)
売り上げランキング: 505696