私の知らないトミー・アンゲラー

 私は大学時代、授業をさぼって漫画ばかり描いていた。漫画といっても、いわゆるページ物の漫画ではなく、主にヒトコマ漫画だ。今はヒトコマ漫画なんて見かけることはほとんどないので、あまり知らないという人が多いかもしれないが、ちょっと前まで新聞に「○○戯評」などというタイトルのヒトコマ漫画が掲載されていた。

 私は、そういう風刺画を描いていたわけではない。ヒトコマ漫画の大家は、漫画は風刺精神が大事だ、今の漫画は風刺精神がまったくないと批判していたが、実は、新聞の風刺漫画があまりにもつまらなかったので人気がなくなり、いつしかヒトコマ漫画そのものが消え去ってしまった。もしヒトコマ漫画にも、いしいひさいちのような天才が登場していたら、今ごろ、毎日のようにヒトコマ漫画も新聞に掲載されていただろう。偉そうな態度の漫画家のつまらない作品ばかりじゃ人気がないのは当然のことだった。

 しかし、ヒトコマ漫画を知らない人に説明しようとすると、どうしてもあのつまらない新聞の風刺漫画を例にとらなければならず、そうするとますます興味を持ってもらえないのだったが、私が漫研で描いていたのは、いわゆるそういった風刺漫画ではなく、ナンセンスものというヒトコマ漫画だった。今考えると、本当にそういうジャンルのヒトコマ漫画が存在したのかも定かではないが、そのときは先輩にそう教わった。

 で、その頃、ヒトコマ漫画を描いていたわが漫研で最も人気があった作家の一人が、トミー・アンゲラーだった。私もずいぶん影響された(当時は)。しかし、トミー・アンゲラーっていったって、漫研の仲間以外に誰も知らない(と思っていた)。もちろん日本の出版社から作品集が出るなんてことはない(と思っていた)から、当時は銀座にあったイエナという洋書屋で高い金を出して買い求めていた。彼の作品集は宝物だった。私の知っているアンゲラーの作品はこういう感じのものだった。

 ところが、ついこの前、本屋で「芸術新潮」を見て、わが目を疑った。なんと、「特集トミ・ウンゲラー」と銘打っているではないか。トミ・ウンゲラーってトミー・アンゲラーのこと? 急いでページをめくると、やはりあのトミー・アンゲラーだ。しかし、なんだこの「すてきな3にんぐみ」って? 買い求めた「芸術新潮」をめくると、そこに僕の知っているトミー・アンゲラーはほとんどなかった。トミー・アンゲラーはトミ・ウンゲラーと呼ばれ、絵本作家として日本でも超有名作家になっていたのだった。ぜんぜん知らなかった。

 トミー・アンゲラーは1931年フランスのストラスブールに生まれ、1956年にアメリカに移住したらしい。私の大学時代に、彼は45歳前後だったことになる。そして、なんと「すてきな3にんぐみ」は日本版が1969年に偕成社から発売されているではないか! うーむ、私が知らなかっただけなのね。この絵本は日本の数多くの幼稚園に置いてあるほどの有名な絵本だというから、本当は昔からトミー・アンゲラーは日本の子どもたちに「すてきな3にんぐみ」の作家としてアイドルだったのだ。

 さっき相田さんが教えてくれたのだが、私が知っているトミー・アンゲラーの作品集が1999年に日本の出版社から発売されていた。『フォーニコン』(水声社刊)という本であるらしい。さっそく注文する。今ごろ、トミー・アンゲラーの新しい本を注文することになろうとは思いもよらないことだった。どんな本なのだろうか。わくわくする。