ニュー・ウェーブのCDを買う
僕は旅に出る前はレコード狂い、コンサート狂いだった。他に発散の方法がなかったのだが、特にニュー・ウェーブと呼ばれるジャンルの音楽にはまった。こう書いて、それがどういう音楽だかわかるのは40歳以上の人だと思うが、それでもポップ・グループ、スロッビング・グリッスル、キャバレー・ボルテール、ジョイ・ディビジョンなどというバンドの名前を知っている人は多い方ではないかもしれない。
ニュー・ウェーブといっても、その音はバラエティに富んでいてで、メロディアスなものから実験音楽のようなノイズものまで、一括りにするのは無理があるほどだったが、かなり風変わりなものが多かった。当時1980年頃はまだCDがなく、アナログ・レコード盤だったわけだが、例えば、レコードに針を落とすと、始まって数分で同じ音をずっと繰り返すというものもあった。おかしいなと思って、まわるレコードを見てみると、レコードはまわっているのに、針が前に(というか内側に)進んでいかず同じ場所ばかり再生していた。
こういう場合、通常の音楽ならレコード盤に傷が付いているということになるのだが、これはそうではなく、わざとその場所でレコードの溝をそこで一周させてつないでいるのである。CDしか知らない方は意味がわからないかも知れないが、溝をつなげてしまうと当然針はその部分を繰り返して再生することになる。
それで、次の音を聴くには、もう一本隣りの溝に、手で針を落とすしかないのである。これがもう難しいのなんの。なんというバカげたことをやってくれるのだろうかと、さすがにあきれたが、こういう仕掛けがある意味楽しかった。CDになるとできないことだ。
工事現場のような音をそのまま録音したようなアルバムとか、ジャケットにコールタールが塗ってあるアルバムとか、破天荒なアルバムがいろいろあったが、いつしかそういった音楽(?)は廃れていき、メロディとリズムが明解なダンス・ミュージックへ移行して、一種のムーブメントは終焉を迎えた。そういったダンス・ミュージックの代表格が、スパンドウ・バレエなどだが、あとは忘れた。
僕はダンス・ミュージックになって興味を失ったが、同時に長い旅に出るようになったので、こういった音楽からも自然と離れていった。旅先で、イギリス人旅行者とこういう音楽の話をしても、ほとんどの人は、スロッビング・グリッスルなど知らず、ただ笑うだけだった。意味が「震える男根」だったのだ。一人だけ、オーストラリア人がジョイ・ディビジョンが好きだといったのが例外だが、こういった音楽は本国のイギリスでもまったくのマイナーな音楽で(おたくっぽい音楽というか)、さらにバックパッカー好みの音楽ではなかったのだろう。
それで、こういったアルバムも実は次々にCD化されている。上に挙げたバンドは、当時のニュー・ウェーブ界の大御所なので、ほとんどすべてのアルバムがCD化されているが、個人的に好きだったDELTA5というバンドはなかなかCD化されていなかった(アメリカの特殊部隊とは何の関係もありません)。音楽に詳しい友人に聞いてみても見かけないといわれていたので、すっかりあきらめていたのだが、先日、ネットを見ていたら、偶然DELTA5がCDになったことを知った。もちろん驚喜してアマゾンに注文。
実は、このDELTA5のCD化を発見したのは、友部正人の(こっちは日本のフォーク歌手です)アルバムをネットで調べていたときのことで、とりあえず聴きたい曲の入ったベストアルバムが見つかって、アマゾンのカートに入れておいた。さらにヤフオクで、その半値で売っていたのでこっちを落札し、アマゾンをキャンセルするつもりでいた。キャンセルする直前にDELTA5のCD販売を知ったのがいけなかった。驚喜して心を乱した私は、すぐにアマゾンの注文ボタンを押し、流れるように注文確定を押してしまったのだ。
押した瞬間に気が付いた。友部正人、キャンセルし忘れた。同じのが2枚じゃん……。
Kill Rock Stars (2006/01/24)