タンドゥーリー・チキンはインドの伝統料理ではなかったーー『食から描くインド』を読む

 アジアハンター小林さんのインド料理の本を制作している関係もあって、インドの食に関する本を読んでいる。この連休に読んだのが『食から描くインド』井坂理穂・山根聡編/春風社)。けっこう高くて固い本なのに、数か月で2刷りになっているのに驚いた。
 この本は学者が書いている本なので、インドで何がうまいかが書いてあるわけではなく、インドの食の歴史や、食から見る社会変容を描いたものだ。いかにも固そうなテーマではある。僕は何年インドを旅行しても、インドの食にはほとんど興味を持たなかったが(安く食えればそれでよしというタイプ)、僕のような者でも本書が割と面白かったのは、インドといえば誰でも知っているような食べ物が、まったく伝統的なものではなく、意外に最近できたものだということがわかったり、あるいは社会の都合ででいきなり伝統料理として脚光をあびることになったりする顛末だ。
 例えば、インド料理といえば誰でも知っているのが「タンドゥーリー・チキン」だろう。昔からインドの王族なんかが食べていた伝統料理なのかと思っていたが、実はぜんぜんそんなことはなく、アフガニスタンの田舎の小さな地域で行われていた料理法がインドに広がって有名になったらしい。それもインドに入ってきたのは印パ分離独立後のことだという。インドではわずか70年の歴史しかない。
 インドでは、タンドゥーリー・チキンを作ったのはインド人のクンダン・ラールということになっている。デリーにある有名レストラン「モーティーマハル」の創設者でもある。行ったことがある方も多いだろう。
 クンダン・ラールは印パ分離独立前に西パキスタンに住んでいて、そこのレストランで働いていたときにタンドゥーリー・チキンを「発明」し、分離独立後にインドへやってきてレストランを開業、タンドゥーリー・チキンを一躍有名料理としてインドに広めた、ということになっている。筆者(山田佳子茨城大学教授)はそれを疑問に思い、調査した結果、タンドゥーリー・チキンのルーツがアフガニスタンであったことをつきとめる。
 クンダン・ラールがつくったレストラン「モーティーマハル」が繁盛したのは1978年までで、その後経営難に陥ったという。彼は1985年に死去し、91年に店は売却されている、という文章を読んで驚いた。実は僕も1984年にモーティーマハルを訪れてタンドゥーリー・チキンを食ったことがあるのだ。クンダン・ラールが死ぬ1年前だ。
 食べることにはほとんど興味がない僕が、なんでこんな有名店を訪れたのかといえば、『地球の歩き方』を読み、せっかくインドに来たんだからタンドゥーリー・チキンでも食ってみるかという観光気分で行ってみたのだ。当時の『歩き方』にはこのように書いてある(抜粋)。

 タンドーリー・チキンならここに決マリ/モーティー・マハール・レストラン
 デリーでタンドーリー・チキンがいちばんおいしい店と聞いていたので、さっそく行ってみた。なんとなく高級レストランっぽいのを想像していたが、入ってみるとぐっと大衆的な感じ。ちらほら見かける外人ツーリストの他は、圧倒的にインド人の家族連れやグループ。(『地球の歩き方 インド/ネパール編’84〜’85版』)

 確かにそんなに高級レストランという雰囲気ではなく、ちょっと薄汚れた中級レストランという雰囲気だった。初めて食べたタンドゥーリー・チキンも、僕にはたいしてうまいものとは思えなかった。かつてはネルーや海外の要人が訪れた高級店だったらしいが、このころは経営難だったことが本書を読んで判明した。
 筆者の山田教授は2010年に初めてこのレストランを訪れたらしいが、できることなら僕が食べたタンドゥーリー・チキンを代わりに食べさせてあげたかった。よほど有意義な研究の足しになったことだろう。僕が食べたって、うまいんだかまずいんだかもよくわからないんだから。
 この他にもいろいろ興味深い話が載っているので、3700円と高い本だけど、インドの食に興味がある方はどうぞご一読を。

 

食から描くインド――近現代の社会変容とアイデンティティ

食から描くインド――近現代の社会変容とアイデンティティ

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 春風社
  • 発売日: 2019/02/28
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)