北澤豊雄『ダリエン地峡決死行』を読む
旅行者の間でよく知られる国境の難所がある。なかでも最も渡るのが難しいとされるのが、パナマとコロンビアの国境だ。国境地帯はジャングルで、もちろん交通機関はなく、猛獣もいれば武装ゲリラもいる。ここを陸路で渡ろうとする普通の旅行者はまずいないのだが、憧れからか冒険心なのか、旅行者がよく「このダリエン地峡を渡ってみたい」というのを聞いたことがあった。
それに果敢に挑んだのが、この『ダリエン地峡決死行』の北澤豊雄だ。いったい彼は何故こんな危険な場所に行こうと思ったのか。
「私はそれまで冒険旅行にはまるで興味がなく、山登りやハイキングも苦手であった。腕立て伏せも今は二十回できるかどうか」という33歳の男が、バイトをしていた日本食レストランの社長に「おもしろいところがあるんだぜ~」と半ばそそのかされて一歩を踏み出してしまうのだ。
動機はともあれ、彼はダリエン地峡に突き進んでいく。しかし、もちろん簡単なことではない。なにしろ猛獣とゲリラが跋扈する本物のジャングルだ。単独では行けないので、「コヨーテ」と呼ばれるガイドを雇わなくてはならないのだが、これもまた危険で、下手なコヨーテを雇うと、ジャングルで殺されて金品を奪われてしまうという。それを読んだだけでも、そんなことやめとけばいいのになんでわざわざやるかねえと僕は思ってしまうが、もちろん彼はひるまずに(正確にいうと多少はひるみつつも)、コヨーテを雇ってジャングルへ突き進む。
だが、出発して一日目でコロンビア政府軍に見つかって捕まり、あえなく失敗。捲土重来を期して2回目に挑戦するが、それも失敗。そして…………と、懲りずに挑戦し続ける彼の物語は本書をお読みいただきたい。
危険な場所にもかかわらず、ダリエン地峡を渡る人は多いという。ここを渡る人間は、もちろん正規にパナマやアメリカに入国できない密入国者だ。職を求めてパナマやアメリカに潜り込もうとして危険を冒す。驚いたことに、キューバ人、ソマリア人、マリ人、バングラデシュ人までいるという。バングラデシュからいったいどういう経路でこんなところまでやってくるのか(その理由も本書で説明されている)。
正直言って、僕にはこのような冒険をする人間の気が知れない。だが、こういうことはやったことのない人間には到底理解できないことだ。最後までハラハラドキドキの連続である。ゲリラに同行してジャングルを抜け、悪戦苦闘の末インド国境を越えた高野秀行さんは『西南シルクロードは密林に消える』という傑作を書いたが、『ダリエン地峡決死行』はまさにその中南米版といったところだ。
長年の謎だったダリエン地峡が、この本を読んでどういうところかようやくイメージできた。決死の冒険を行なった彼のおかげである。僕は決して行くことはないが、おそらく、やはり行くことはないであろう普通の旅行者の長年の疑問をこの本が解き明かしてくれることだろう。
それにしても、北澤さん、金子光晴と藤沢周平の文庫本をジャングルの中まで担いでいく?