地図のこと

 長い間しまいっぱなしだった古い資料や地図などを処分している。旅行人でガイドブックなどを制作するための地図ではなく、僕の、取材や個人的な旅に使った地図なのだが、それでも長年のあいだに箱いっぱいどころか、書棚やファイルのあちこちにさまざまな地図が保存してあり、ほとんど未整理にままなので、結局のところ、こういう古い地図が再度役に立つということはほとんどなかった。

 さて、その地図の箱を開けたら、初めてインドを長く旅したときに使った地図が出てきた。そこにはおよそ1年半の旅のあいだにたどったルートが描かれていた。気分次第で目的地を決めていたので、ルートは脈略がなく無駄が多い。旅行人を始めてからは期間はほぼ1カ月で、それも取材だったので、こんな無駄なルートでまわったりはしなかった。昔は一ヵ所にいたいだけいられたから、本当に旅はほぼ無駄なことばかりだった。それが楽しかったのだけど。
※地図の画像はかなり大きく拡大して見られます。

 その次の地図は、1984年、初めて中国を旅したときのもの。この地図は中国で買った。3カ月の割に移動距離が長い。この時代は旅行者が入れる地域がまだ限られていて、行けるところはめいっぱいまわろうとした(が、力尽きた)。

 当然といえば当然だが、旅をするまでは地図などほとんど興味もなく、実際に使ったこともなかった。せいぜい町の地図で初めての仕事先に行くぐらいだったが、旅に出ると、いやおうなく地図をにらむ時間が多くなる。
 インドで使った地図は、たしか日本から持参したものだが、幹線道路や支線などのちがい、あるいは町のおおよその規模がわかる程度だった。地図とはそういうものだろうと、このときの僕は考えていたのだが、その認識が大きく変わったのは、アフリカへ行ってミシュランの地図を使い始めたときのことだ。
 今の日本人の多くは、ミシュランといえばレストランガイドがピンとくるだろうが、僕はこのとき(1990年)タイヤメーカーのミシュランしか知らなかった。タイヤメーカーのミシュランが地図なんか作っているのかと意外な気がしたものだ。
 だが、そもそもはタイヤを売るために、自動車にもっと乗って欲しくて、レストランガイドや地図を製作したものらしい。それだったらたしかにつじつまが合う。
 それで、そのミシュランの地図を見るとガイドブックのような情報がそこに載っているのだ。道路は舗装路、未舗装路、建設中、風景のいい場所、雨季になると通れない場所まで記載されている。ホテルやレストランがある町かもわかるし、キャンプ場も載っている。地図1枚でこれほどいろいろなことがわかるのかと驚いたものだった。

 もっともそれは、情報が少ないアフリカの旅だったせいだろう。アフリカでなければキャンプ場の場所など必要ないし、町にはホテルやレストランなどあるのが当たり前だからだ。インドでこんな情報をいちいち記載していたら、地図はホテルとレストラン情報で埋め尽くされてしまう。しかし、アフリカの旅でミシュランの地図ほど頼りになるものはなかった。
 そのような思い出の詰まった地図もろもろを、このたび一気に廃棄してしまうことにした。捨ててしまうと記憶からも消えてしまうだろうが、持っていても再び見ることはないだろう。使うのなら新しい地図の方がいいし、今やスマートフォンタブレットに出てくる地図を見ると、GPSによって現在位置がわかるのだから、もうそろそろ紙の地図の時代も終わりだろう。
 それでも紙の地図を広げて、ぼんやり眺めるのは楽しいものだが、僕としては、地図をぼんやり眺められるような旅をまたしなくちゃなと思う。まあ、また紙の地図を現地で買うことになるんだろうが。