真知さんの新刊『たまたまザイール、またコンゴ』の話

 1年半以上もブログをさぼってしまった。今さら何を書けばいいのかわからないという感じさえする。いつまで続くかわからないけど、今回はこれまたひさしぶりに出た田中真知さんの新刊『たまたまザイール、またコンゴ』(偕成社)をご紹介したい。

 真知さんの今回の新刊は、1995年に出た『アフリカ旅物語──中南部編』(凱風社)のザイール河下りの部分を編集・再録した第1部と、2012年に再びコンゴ河(ザイール河から名称が変更された)を下った記録の第2部からなっている。

 僕が初めて真知さんと知り合ったのは、真知さんがコンゴ河の旅を終え、ケニアのナイロビに来たときのこと。1991年だった。アフリカの旅行者たちが究極のアフリカ旅行と怖れ、あるいは憧れるコンゴ河の冒険旅行をしてきたと、真知さん、裕子さんご夫妻から聞いたときは、そのイメージの違いに目を丸くしたものだ。伝説の貨客船、浮かぶスラム街と呼ばれるオナトラに乗り、丸木舟で漕ぎ下る旅! そういうことはいかつい冒険家がやるようなことかと思っていたが、真知さんは体力自慢の屈強そうな男とはほど遠いし、裕子さんにいたっては細身の華奢な女性だった。

 それから4年後に、凱風社からそのアフリカ旅行記『アフリカ旅物語』(北東部編と中南部編)が出て、ザイール河下りの顛末を読んだとき、そのおもしろさに熱中した。井の頭公園でボートをこいだ経験しかない真知さんと、その経験さえない裕子さんが、丸木舟で大河へ漕ぎ出していく!
 だがその瞬間は、ぜんぜんドラマチックなものじゃなかった。ろくに漕ぎ方もわからないので、いっこうに岸から離れることでもできず、舟はぐるぐるとまわって、見送りのみんなに笑われてしまうのだ。決して冒険家ではない二人の冒険はこうやって始まっていった。なんという感動的な風景だろう。

 それから20年後、真知さんが再びコンゴ河を丸木舟で漕ぎ下る旅に出ようとは思いもよらないことだった。もう歳だし、あんまり危ないことはやめた方がよいのではないかと僕は思っていたが、考えてみれば、若かった初めての旅だって、まったく経験もなく、たいした計画もないまま(もっともあそこで計画など立てても意味はないが)、裕子さんといっしょに旅したわけなので、あのときに比べれば経験があるだけマシだったのかもしれない。ときどきコンゴの密林の村から携帯電話が通じたこともあって、それで消息が知れたことも安心できた理由の一つだった。

 真知さんが書く冒険旅行は、冒険家ではない人が行う旅であることが最大の魅力だ。冒険家のように日頃から冒険に備えて訓練しているわけではなく、装備に凝ることもなく、そもそも真知さん自身が、いわゆる冒険そのものに興味があるわけではない。真知さんにとってコンゴ河を下ることは、「冒険めいた響きがあるけれど、それはたんに、そこに暮らす人たちの世界を訪ねること」なのだ。それは、メディアが伝える紛争や資源問題としてのアフリカではなく、コンゴ河の流域で暮らしている人々の生活を訪ね歩き、バーチャルではない世界を感じることだった。

 それにしても、20年前も、そしてこの前の旅も、やはり旅ははちゃめちゃで、壮絶で、混乱の極みだ。その顛末はぜひお読みいただきたいと思うけれど、今回の旅で僕が最も印象的だったシーンは、暗闇の中でスピードボートを運転する「真夜中の河を行く」だ。月のない夜の河は真っ暗で、船長はサーチライトも計器の明かりさえも消したままボートを進ませていく。いったいなぜライトを点けないで暗い河を走れるのか、真知さんは不思議に思う。その理由がやがて判明する。

「月も星もない闇夜の下では、なんの明かりもないほうが、かえってまわりがよく見えるのだ。計器灯のようなわずかな光であっても、それは闇を攪乱して見えないところをつくりだしてしまう。光を当てるのはむしろ危険なのだ。闇の微妙な陰影や遠近感を見分ける目が持てるなら、すべての明かりを落として、漆黒の闇の中で目を凝らしたほうが、いろんなものがしっかり見えるのである」
「西洋では光は理性の象徴とされてきた。だが、その理性という光を当てたことによって、その光で説明できなかったものの多くを闇に葬ってきたのも、西洋とアフリカの交流史の一面だったのではないか。コンラッドはこの地を『闇の奥』と呼んだ。だが、闇の陰影を見分けられるような精妙なまなざしを持つ者にとって闇は闇ではない」
 こういうことを書けるところが、さすが真知さんなんだよなあ。

 ところで、真知さんは、このコンゴ河の旅をきっかけに、オリジナルCDも制作した。コンゴ河の水の音や、コンゴ人の声が挿入され、真知さんのオリジナル曲が数曲入った『Rain Forest Memories』というCDで、これがまたすばらしい。特に暑い夏に聴くと最高ですね。私の愛聴盤の一つです。たった500円なので、この本を読みながら聴くと最高の気分になれますよ。
 このCDは一般には市販されていないので、ご希望の方は、 bozenkun@hotmail.com 宛てにCD希望と書いてメールをくだされば支払い方法をご連絡するそうです。送料込み600円。お支払いは郵便振替か銀行振り込みで。ちなみにジャケットデザインは私です。