医師Tくんとの話

 先日、大学時代の2年後輩Tくんと久しぶりに会った。彼は医師である。医学部なのになぜか大学の漫研に所属していたわけで、私の知る限り、わが漫研所属の医学部生はこの人だけだ。変わってるね。

 で、お互いに歳をとって50代も半ばを過ぎ、あと何年ぐらい仕事を続けるのかと私が尋ねた。彼は、できるかぎり仕事を続けるつもりであり、何歳でやめるというようなことは考えていないという。自営業である限り定年はないから、自分が続けたいと思えば100歳になっても仕事をすることはできる。日野原医師など100歳を過ぎてもまだ現役だが、まあ老齢の医師はけっこういるのだろう。

 私も50を過ぎたから「仕事」を辞めるということは考えていない。雑誌の制作はやめてしまったが、私の「仕事」は雑誌や本の制作だけでなく、本のデザインや執筆もあり、ある日を境にそういうことまですべてやめようとは思っていないのだ。

 だが、それで金が稼げるかどうかは別問題。金が稼げないと仕事といえるかどうか微妙なところなので、カッコ付きで仕事と書いたのだが、金になってもならなくても、そういうことは飽きるまでやり続けるのだ。もっとも1年後には飽きてしまうかもしれないわけだが。

 彼は医師の仕事をやめたくない理由を、次のように述べた。
──普通、客を相手にする仕事は、客に対して礼を言うものだ。もちろん医師も患者に対して礼を述べるべきなのだが、治療をされた患者は医師に対して心から感謝してくれる。その感謝の言葉が医師に力を与え、生きる糧になるのだという。だから、医師としての仕事を続ける方が、自分の人生にはよりよいことなのだと。

 なるほどねえと私は思った。彼はすでに十分な金もありそうだし、金儲けに夢中になるような人ではない。着ているものを見ると、そこらへんの大学生とたいしてかわらない。経費が必要だから高級車には乗っているが、まあ、そういうことには無頓着なのだろう。病気を治し、患者に感謝されることで、自分が元気になれるし、生き甲斐になるというのはよく理解できる。

 人生は金ではない、というのは半分は嘘だが、人生は金だけで満たされないというのは、ある程度事実だろう(そんなに金持ちになったことはないからあくまで推測だが)。私だって、自分の仕事をここまで続けてこられたのは、本を読んでくれた読者が、おもしろかったですといってくれたおかげである。そういわれなかったら本なんか作っていられない(もちろん金も入らない)。だから、金になるかどうかは別にして、デザインをしたり、本を書いたりしたいなと思うわけだ。これは読者のためではなく、自分のためなのだなと、彼の話を聞いてあらためて思った。