世界は波動だ

 ただいま本誌制作中で、非常に忙しい(更新が遅れた言い訳)。未だに届かない原稿があったり、台割りがかなり狂ったりして頭を痛めている。もちろん次号の特集は先日取材に行ったコーカサスです。

 さて、お題は「世界は波動だ」だが、この話の元ネタは『パラレルワールド』(ミチオ・カク著、NHK出版)だ。量子物理学の一般向け解説書だが、なにやら難しそうでいて、やっぱり本当に難しく、何が書いてあるのかさっぱり理解できないところが多い。なので、ここ数カ月、毎晩寝る前に読んでいるのだが、1日10ページも進まないのでよく眠れる。というわけで半分しか読んでいないのだが、ここまでも不思議におもしろいので、ちょっと紹介したい。

 信じられないことに、最近の物理学ではタイムマシンは理論的には可能ということになっているらしい。159ページには次のように書かれている。
────物理学者のキップ・ソーンは、アインシュタインの方程式に、それまでの多くの問題を回避してタイムトラベルができるような新しい解を見つけ、物理学会に衝撃を与えた。1988年、同僚のマイケル・モリスとウルヴィ・ユルツェヴァーとともに、「エキゾチックな負の物質」や「負のエネルギー」といった不可解な物質やエネルギーをどうにかして入手できれば、タイムマシンが作れることを明らかにしたのである。

 1988年にこんな重要案件が世界に発表されていたとは知らなかった。タイムマシンが作れるといっているのに、なんでNHKニュースにならなかったのだろう。しかし、「エキゾチックな負の物質」や「負のエネルギー」といった不可解な物質やエネルギーを入手できればという条件はなんなのだ。それは私が、ドラえもんの「どこでもドア」を「どうにかして入手できれば」、テレポーテーションできるというのとたいして違わないのではないか。

 ところが、驚くべきことに、「負のエネルギー」というのは実在するらしい。実験によってそれはすでに証明されているというのだ。しかし、宇宙は正のエネルギーで満ちているので、負のエネルギーはそこらへんにはなかなか存在できないんだそうだ。「エキゾチックな負の物質」は「負のエネルギーを持つ未知の形態の物質」で、「もしこれが存在したら、タイムマシンを動かすのに使えるが、まだ見つかっていない」とある。こういうのって「理論的に可能」っていうのか、物理学者は。

 次はいよいよ「世界は波動」という話だ。この話が多分この本のメインで、宇宙はビッグバンで泡が発生するように生まれ、われわれの宇宙の横にも、やはり泡宇宙が同時にいくつも存在しているというのが、近年の物理学者の理論であるらしい。まるでSF小説のようなことが、学会では大まじめに論じられている(大まじめだからこそおもしろいのだ)。

 量子物理学では、物質の根源(物理量の最小単位)は量子である。こういう量子は粒子でもあり、波動でもあるとされる。とすると、物質というのは物理的に実存するが、同時に波動としての性質を持つので(これがややこしい)、世界は波動であるということもできる(らしい)。

 タイムマシンが理論的に可能だとすると、必然的にタイムパラドックスの問題が生じる。私が時間を遡って、私が生まれる前に自分の父を殺すと、自分が生まれないことになるという有名なパラドックスもその一つだが、これを解決するのに、起きうることはすべて起きたそっちの世界へ枝分かれするという考えがある。つまり、自分の父を、まだ生まれていない私が殺すと、私が生まれない世界ができて、それはそれで別の宇宙として同時に存在するというわけ。この話、SFで読んだことあるね。とすると、宇宙は無数に存在することになる。それがまあパラレルワールドになるってわけですね。

 もし無数の世界が同時に存在するとすれば、何故われわれの世界は、その隣にある世界と交信できないのか? SF小説家ではなく、物理学者が考えたのだ。206ページを読もう。
────量子力学の解釈によれば、考えられるすべての世界がわれわれと共存していることになる。そのような別世界へ行くにはワームホールが必要かもしれないが、それらのさまざまな量子論的現実は、まさにわれわれがいる場所に存在している。われわれは、どこへ行ってもそれらと共存しているのだ。ここで重要な問題が生じる。もしそのとおりなら、われわれの部屋にあふれ返っている別世界は、なぜ見えないのだろう。そこで干渉性の消失の出番だ。われわれの波動関数は、そうした世界と干渉しなくなっているのである(波の位相がもはや一致しないということ)。

 頭が痛くなっている人、もう少しです。この次にもう少し簡明な説明がある。ノーベル賞を取った科学者ワインバーグさんは、それはラジオのようなものだといっている。われわれの周囲には多くの電波が飛び交っているが、それにラジオの周波数を合わせない限り聞くことはできないから、存在にも気がつかない。ほかの周波数は「干渉性を失い、位相が一致しない」ということになるわけですね。量子論的に「世界は波動だ」という説に従うと、世界は一種の電波みたいなものなので、われわれの波動と一致しない他の世界も存在できるってことだ。ほとんどカルトみたいな説のように聞こえるが、実際この説が発表されるや、ニューエイジ系の方々が大喜びして、物理学者が不機嫌になったという話である。

 もちろん、世界が波動であることは荒唐無稽の話ではなく、波動であることは量子をテレポーテーションする実験に成功していることからも証明されているらしい(何故それが証明になるのかは理解できないが)。「1997年と98年、カリフォルニア工科大学とオルフス大学の科学者が、量子テレポーテーションを初めて実現した」という。1個の光子をテーブルの反対側にテレポートさせたそうだが、この量子テレポーテーションの研究はどんどん進んでいて、2003年にはスイスの科学者が光子を2キロ離れた場所にテレポートさせ、2004年にはアメリカで原子を丸ごとテレポートさせるのに成功したそうだ(215〜216ページ)。

 こんな話、どこがおもしろいんだ? とお思いの方もいらっしゃることだろう。旅行雑誌の編集長が書くことかという問題はさておき、私もこういう話を周囲にして盛り上がったことはない。だから、まあ一人で「へー」とか「ほー」とかいって読んでいたんだが、この前書店で、こういう話を書いた新書(『宇宙は何でできているのか』村山斉、幻冬舎新書)を見たら、なんと数カ月のあいだに4刷りだか5刷りになっていたのに驚いた。意外に、こういう話を意味不明のまま感心しつつ読んでいる同輩が多いのだなと思ったのでした(いや、意味がわかって読んでいるのかもしれませんが)。