ハンス・コパー展

 ハンス・コパーの個展に行った。当欄で以前イギリスの陶芸家ルーシー・リーのことを書いたが(2010-05-16)、ハンス・コパーもやはりイギリスの陶芸家だ。コパーとリーは共同制作を行っていた時代もあり、無二の親友同士だった。

 オーストリア生まれのユダヤ系だったリーが、ナチスの手を逃れてイギリスにやってきたように、コパーもまた父がユダヤ人だったために祖国ドイツを追われてイギリスへ渡った。そこでリーと知り合って、彼女の仕事を手伝い(ロクロのひきかたなどはリーがコパーに教えたらしい)、やがて独立して自分の作品を作り出すようになった。ついにはリーと並んでイギリスを代表する陶芸作家と呼ばれるようになる。

 最初の頃はリーの影響を強く受けた作品を作っていたが、徐々にその独創性を発揮するようになり、やがて独特のフォルムを持つ陶器を生み出していく。ルーシー・リーの作品はオーソドックスな形で、美しい釉薬を施されていたのとは対照的に、コパーの作品は一見すると陶器とは思えないような抽象的なフォルムで、釉薬をほとんど用いずに制作されている。解説によれば、彼の技法は極めてシンプルで簡単なものだという。シンプルな技法で徹底的にフォルムを研ぎ澄ませていったのだ。

 日本の陶芸家は、陶芸は窯の火が作る偶然の産物で、窯を開けてみるまで出来上がりはわからないとよくいう(だから火入れのときは神頼みする)。コパーの制作態度ははこれと真逆である。完全に計算された効果をねらって偶然性を嫌い、焼成温度を1250度と決めて電気窯で焼いているのだ。そういう意味では、彼はむしろ芸術家と呼ばれるべきなのかもしれない。

 コパーは61歳の若さでこの世を去る。「筋萎縮性側策硬化症」という難病と戦いながら、その独特のフォルムを突き詰めていき、晩年には「キクラデス・フォーム」シリーズを次々と制作する。この独特の、やわらかく、有機的な、しかしSF的ともいえる形は、見る者に緊張感と、不思議な浮遊感を与える。極端にすぼめられた下部は、まるでやじろべえのように危ういバランスをとっているようでもあり、あるいは海の天使と呼ばれるクリオネのような姿で、ユーモラスな感じと浮遊感を漂わせている。

 実際にコパーがそういう狙いがあったのかはわからない。「キクラデス・フォーム」はエーゲ海のキクラデス諸島で紀元前3000年ほど前に栄えていた古代文明の石の像からヒントを得て制作されたものだといわれている。コパーは大英博物館に幾度もこの文明の遺物を見に行っていたという。その影響を受けたフォルムであるらしい。

 またも陶芸の素人が、長々とこういうことを書いてしまって、お読みくださった方には退屈させてしまっただろう。すいません。実は、ハンス・コパーの個展は、これが日本で初めての開催であるという。パンフレットを読んで初めて知ったことだが、日本人にはほとんど知られていない作家であるらしい。もちろん僕もルーシー・リーの個展を見に行くまで、コパーのことなどまったく知らなかった。そういうわけなので、もしコパーに興味がおありなら、この機会をぜひお見逃しなくといいたかったのである。でも、東京での巡回展(汐留ミュージアム)は9月5日までで、もうすぐ終了なので、どうぞお早めに。
http://panasonic-denko.co.jp/corp/museum/exhibition/10/100626/index.html