阿久根市長の乱

 鹿児島県にある田舎町、阿久根市の市長さんが話題になっている。新聞記事でもテレビでも何度も取り上げられ、地方自治体の首長としては、橋本知事や東国原知事の次ぐらいにメディアに頻繁に登場する。これは実に珍しいことだ。人口がわずか2万4000人しかいない阿久根市なんて、鹿児島の人以外はほとんど知らないだろう。私も通り過ぎたことが一度ある程度で、名前しか知らないような田舎町だ。その阿久根市が一躍全国的に有名になった。

 ご存じの方も多いと思うので詳しい説明はしないが、阿久根市竹原信一市長は型破りの人で、最初は選挙期間中に禁止されているブログを更新し続けたことから「ブログ市長」として注目を浴びた。ブログで、辞めさせたい議員の不人気投票をやったり、役人の給料を詳細に公表したりして物議を醸し、ついには、議会を開かずに市長の権限で役人や市長本人の給料を削減して大問題になっている。マスコミからは、議会制民主主義を愚弄する独裁者と批判されっぱなしで、竹原市長の方も、マスコミはウソばっかり書くといって、取材を拒否し続けている。

 たしかに、議会を開かないのは議会制民主主義の手続きを無視した型破りの政治である。ネットの書き込みを見ると罵倒している連中も多い。だが、この議会制民主主義の手続きを無視する独裁者は、本人と役人の給料を安くし、役人に公共サービスをもっと改善しろと要求しているのだ。

 全職員中3番目に高額な阿久根市役人の収入(2007年度分)は、年間543万円の給料に、扶養手当が37万円、住居手当が32万円、時間外手当が55万円、期末手当が158万円、勤勉手当が77万円ついて、実際の年収は909万円。職員の54パーセントが年収700万円以上だという。これは、財団法人地方自治研究所によると、全国に67ある人口5万人以下の市のうち、2番目に高い水準にあり、阿久根市税収20億円のうち17億3000万円が人件費として計上されているそうだ。それに対して、阿久根市民の平均所得は200万〜300万円。こういう実態だったら、赤字財政なのだから、役人の給料を減らすことを考えるのは市長として当然のことだろう。

 それで、このことを記事にする毎日新聞は、
────議会招集に転じたとは言え、論戦の結果を反映させることもなく、その意思を頭から踏みにじる政治姿勢は、本質的に何も変わっていない。専決処分に頼らず、議会で堂々と議論を戦わせ、自らの主張に理解が深まるよう努めるべきだ。

 などという批判をしているが、こういう論調は読売も地元の南日本新聞も大差ない。
 議会は、もちろん給料の削減に反対しているわけだから、このようなマスコミは事実上、役人の高額給与に賛成し、自治体の赤字財政も可としているのと同じだ。役人の給料が市の財政を脅かすほど高額でも、議会制民主主義の手続きを守る方が重要なんですねえ。「自らの主張に理解が深まるよう努めるべきだ」なんて、よくもこんな白々しいことが書けるね。給料を下げろっていうのに理解が深まるわけないじゃないの。

 で、最近、この市長は、またもや市長の権限で勝手に副市長を任命し、いがみあっている鹿児島県知事のところに挨拶かなんかにいった。ところが門前払いを食う。鹿児島県知事はこれまで2度も、市長に、そういう勝手なことはやめろといったのに、市長が無視したので怒りまくっているわけだ。

────竹原市長は、市議会側が要請した臨時会を期限内に招集せず、地方自治法に違反するとして伊藤知事から2回の是正勧告を受けた。知事は専決処分による仙波氏の副市長選任を「違法性が高い」と批判しており、県は仙波氏を阿久根市の一職員として対応する方針を取っている。 (南日本新聞

 この伊藤知事、たしか以前、名前を聞いたことがある。当欄でこういう記事を取り上げたことがあった。(2006-03-13「役人のための高層ビル」)

 鹿児島県内で最も高いビルである県庁舎周辺は、各種規制があってなかなか土地が売れなかった。そこで、規制を緩和したところ、マンション建設用地として、県庁舎のすぐ隣りの土地が売れた。
 このマンションが17階建ての庁舎を抜く24階建てで、県内最高峰の地位が奪われるだけではなく、そのマンションが建つと、庁舎から桜島の眺望がふさがれることになってしまうのだ。
「庁舎から鹿児島のシンボル桜島が見えるようにするのは、県民に対する義務です」と知事。
 そこで、県は10億円でマンション用地で買収することを決定。県民はこの財政難のときにそんなことをやってる場合かと批判している。

 このマヌケで無駄な土地売買をやったのがこの伊藤知事さん。庁舎から桜島が見えるようにするのが「県民に対する義務」などと言ってのける人なんですねえ。

 20年前なら、地方のこのような出来事は、新聞やテレビのニュースでしか知ることはできず、おそらく議会制民主主義の敵、独裁者の市長として一方的に断罪されたことだろう。だが、インターネットのおかげで、少なくとも両者の言い分を見聞きできるのは時代の変化だとつくづく思う。

 竹原市長には、自身の親族が経営する土木工事会社が、阿久根市の発注した公共工事の入札を最低価格の1円差で落札していたことが判明し、この件に関する一切の取材を拒否しているという疑惑があるので、これをおろそかにすると本物の独裁者になる危険性もはらんでいる。これは手続きの問題とはいえないから、ちゃんと説明しないとまずいことになるだろう。

 私は、議会制民主主義の手続きに多少の瑕疵があったとしても、役人の給料を減らすことには賛成するが、それを判断するのはマスコミでも鹿児島県知事でもなく、もちろん役人でもなく、阿久根市民である。竹原市長のリコールが成立すれば、また立候補するそうなので、その選挙結果が楽しみだ。

竹原信一市長のブログ「住民至上主義」
http://www5.diary.ne.jp/user/521727/