石井光太さんの最新刊『レンタルチャイルド』を読む

 石井光太さんの注目の新刊『レンタルチャイルド』(新潮社、本体1500円)が発売された。数日かけて読み終えたが、さて、いったいこれをどう紹介したらいいのか考えあぐねていた。もとより書評などを書こうという気はないのだが、ただの紹介にしても、この本に書かれている内容はあまりに重く、気持ちの整理が必要だった。

 書名からもわかるように、この本は、インドの女乞食たちが抱えている子どもをレンタルしているシステムがあるらしいということで、石井さんがそれを取材しにいくことから始まっている。そのレンタルチャイルドの取材から、ストリートチルドレンたちの生活へと取材は進み、子どもたちが成長してその後どうなっていったのかを2002年から2008年にかけて取材したものだ。

 私たち旅行者でも、インドに乞食が多いことぐらいは知っている。その姿もよく見かける。だが、ここで描かれている乞食や路上生活者の実態は想像をはるかに超える(少なくとも私には)。こういう言葉が適切かどうかわからないが、ここに描かれている人々はこの世の最底辺に生きる人々であり、地獄のような世界でなおも生きようともがく人間の業、不条理が、これ以上ないというほどの生々しさで描かれている。

 乞食や路上生活者に話を聞いて、彼らの中に入っていくということだけでもかなり大変なことだろうと思う。この本で石井さんがテーマにとりあげたストリートチルドレンは、なかでもとりわけ暴力的で悲惨な状況にはまりこんでいる人々だ。そのそばにいて、その様子を文字にして表すだけでもかなりの覚悟が必要になる。少し意外だったのは、そのような人々が、手段さえ講じれば話をするということだ。私は、彼らは世界のすべてを拒否しているのではないかと思っていたが(私が同じ状況ならそうなるだろうと感じたからだ)、彼らは石井さんを頭から拒否はしない。

 実のところ、これを読み通すことはけっこうつらい。もちろんつまらないからではない。これまでインドに行ったことがない人なら、世界にはこんな悲惨な状況があるのかと思うだけですむのかもしれない(いや、すまないかもしれませんが)。そして、インドってこんなにひどいところなのかとかなりの悪印象を持つかもしれない。私のように、インドに思い入れのある人間には、こういう話はひたすら落ち込む。おまえはインドについてわかったようなことを書いたり話したりしているが、本当はこれがインドなんだぞといわれているような気分になるのだ。実につらい。

 つらいつらいというばかりで、肝心の中身がさっぱりわからない紹介だと、読者にしかられそうな文章になってしまったが、あまり具体的には書きたくない。映画じゃないが、ネタバレするとせっかくの石井さんの取材努力が少し損なわれるような気がするので、読者にはこれを読んで感じていただきたいのだ。世の中には最底辺という言葉があるが、この言葉がこれほどふさわしいことはない。そのなかに突入して取材を敢行した石井さんの努力に敬意を表したいと思う。このような人々の実態を、他に誰かが明らかにしているのかはわからないが(少なくとも私は他に読んだことがない)、インドを語る上でこの本の語ることを無視することはできないだろう。経済成長するインドもこの本が語るインドも、同時代、同じ場所の話なのだ。