益子、春の陶器市

 栃木県の益子町は全国に知られた陶芸の町だ。春と秋、一年に2回、陶器市が開かれて多くの観光客でにぎわう。あまり知られてはいないが、ここで陶芸をやっている作家たちは、他の土地から移り住んできた人が多く、そして、意外なほどに旅行者だったという人が多い。陶芸をやるために益子に移り住むのはわかりやすいが、旅行者が多いのは何故なのだろう。経歴を見ると、かつて世界中を数年にわたって旅をしていた陶芸家も珍しくない。

 今、益子では春の陶器市が開かれている。今年も初日に行き、お気に入りの作家を中心に何枚かの皿やカップを買った。並べられた作品を見ていると、どこか中南米風のデザインあり、チベット風ありと、作家たちが受けた旅からの影響が感じられものも多い。かつて益子といえば、茶色の飴釉がかかった民芸風の茶碗というイメージだったが、今ではさまざまなテイストを盛り込んだ新しい作風が次々に生み出され、益子焼きというひとつの型はないといってもいい。

【陶器市の風景】


 市には多くの客がやってくるが、陶器市に出店している作家たちは、名前を言えば誰でも知っているというような有名人ではないから、何年も通っている人以外は、好みの作家の店へ直行するということは原則的にないし、一人の作家に列を作るほどの客が押し寄せるということもない。

 だが、ここ数年、なんだか普通ではないことが起きている。ある作家に、女性たちが押し寄せて、列を作って買い求めているのだ。作家の写真を撮っている人までいる。なんでこんなことになっているのか。聞けば、どこかの女性雑誌に取り上げられたからだという。それを見た女性たちが陶器市にやってきて、その作家の作品を争って買っているのだ。

 女性雑誌に取り上げられるような作品にはひとつのパターンがあり、それをわれわれは「クウネル系」と呼んでいる。どれもシンプルで真っ白なのだ。「クウネル」とは、マガジンハウス社の雑誌『ku:nel』のことで、このヒット雑誌が取り上げるものがよく売れ、それらが白を基調としたシンプルなデザインなので、そう呼んでいる。この雑誌が取り上げたかどうかはわからないのだが、いずれにしても、白いシンプルなものを女性たちは好んで買っていた。

 その、女性たちがどっと押し寄せている作家の一人に、私も知っている人がいた。私はもう10年以上陶器市に通っているが、初めて訪れた頃からその人は一貫して自分のデザインを守って作り続けている人だった。これまで彼の作品を「クウネル系」と呼ぶ人はいなかったが、こうやって女性たちが押し寄せてみると、そういえば彼の作品は、白いシンプルな造形をしているよなあ、あれも「クウネル系」に入るのかなと初めて感じたものだ。実はその隣で出店している人も、やはり同じように白くシンプルなデザインを一貫して作り続けている作家なのに、こっちは女性たちは見向きもしない。この二人の作品が同じようなものだとはいわないが、少しは振り向いてもいいんじゃないのか。

 私を初めて陶器市に誘ってくれたのは、ここで陶芸をやっている矢津田義則さんである。陶器と磁器の違いもわからない私に、彼は陶磁器についてさまざまなことを教えてくれたが、彼もまたかつてはアジアや中米を長いあいだ旅していた旅行者だった(だから「旅行人」の読者でもあった)。10数年前に彼に誘われて陶器市を訪れてから何度も通うようになって、益子にひいきの作家ができ、その人たちの新作を楽しみにするようになった。

 何年も前、矢津田さんに、どういうイメージで作品をつくっているのかと聞いたことがある。「発掘された古い土器のようなイメージ」と彼が答えたのを覚えている。今でもそれを意識して作っているのかはわからないが、彼の作品はかなり独特で、あえて名付ければ「縄文系」というところかな。けっこうな固定ファンが付いていて、毎年買いに来ているようだ。

【窯出しする矢津田氏】


【マグカップ/矢津田義則作】

【絵皿/ダグラス・ブラック作】

 益子の陶器市で売られているものは、安ければ500円から、だいたいのものは1000〜5000円程度で買うことができる。益子に限らないが、こういう陶器市に立ち寄って、作家にどうやって作っているかを聞いてみると、多分喜んで話をしてくれるはずだ(むろん人によりますが)。それを知ると、こういった価格は涙が出るほど安いなと思う。それでも端から売れる作家というのは数人しかいない。

 陶器市では、たいていの作家が、十分に使えるけれど、釉薬のかかりかたが少しムラになったり、底にほんの少しひびが入ったりしたものを、B品といって格安価格で箱売りする。作家によっては100円というものさえある。彼らがつくった、丹精込めたけどちょっと失敗というB品は、妙な愛嬌と値段の安さで人気が高く、作家によってはB品からあっという間に売り切れてしまう。

 そこで、固定客のいない新人たちは、普通にできあがった作品をB品箱に入れて、どこかに欠陥があるふりをして安く売ってしまうのである。だから、いっそうB品箱は人気がある。今回の陶器市でB品箱に入って半額の900円で売られていたコーヒーカップを見ながら、「どこがまずいの?」と作家に聞くと、釉の流れかたが気持ち思うようにいかなかったカップだという。私の目には正価で売っている物との区別はまったくつかなかった。このように初めての作家のものを買うトライアルとしては、B品箱はかなりお買い得である。

 益子陶器市:2010年4月29日(木)〜5月5日(水)
 http://www.mashiko-kankou.org/mta1/mashikoyaki/toukiiti/tokiichi.htm

矢津田義則ホームページ:http://www.asahi-net.or.jp/~st6y-ytd/
ダグラス・ブラック:http://www.tradmc.com/douglasblack/