宇宙ロケットが灯油で飛ぶ?

 日本人宇宙士・野口聡一さんがロシアのソユーズに乗って宇宙ステーションに到着した、という記事を朝日新聞で読んだ。その記事を読んでいたら、野口さんがロシアのソユーズ製造工場を見学し、まるで町工場で製造されているような風景だったと感想を漏らしていたが、驚くのは、ソユーズ・ロケットの燃料が灯油(ケロシン)だというのだ。

「ローテクで安全 ソユーズ
https://aspara.asahi.com/blog/science/entry/biuduXZsO3

 この記事によれば、見出しに「職人手造り 燃料は灯油」とあり、「シャトルは液体水素を燃料の一つにしているが、ソユーズで、その代わりとなっているのはケロシン(灯油)だ」と書いている。ソユーズはローテクなのでコストも低く、しかも安全性はアメリカのシャトルより高いという。ローテクだから安全ということにはならないだろうと、この記事に対するコメントにあるが、安全性はともかくコストは安くなるかもしれない。

 そういえば、1976年、ソ連軍のベレンコ中尉がミグ25で突然函館に飛来したとき、ミグ25を調べてみたら真空管が使用されていて、みんなびっくりしたものだった。まさかマッハで飛び回る最新鋭のジェット戦闘機に真空管が使われているとは誰も想像しなかったからだが、後から聞くと、真空管真空管でも、そんじょそこらの(つまり日本に普通にあるような)真空管とはモノが違う超高性能の真空管だった(らしい)という話が出て、笑い話になった。当時はそれほどソ連の科学というのは謎めいていた。ウィキによれば、真空管の「方式は旧式であったが、レーダーの出力は600kwと極めて大きいものとなり、相手方の妨害電波に打ち勝って有効であったと伝えられている」というから、ローテクでもそれなりに機能していたわけだ。

 それにしても燃料が灯油ってのはすごい。だが本当に宇宙へ向かうロケットが灯油で飛べるものなのだろうか。再びウィキで検索してみると、まず、ソユーズの打ち上げには、通常R-7というミサイルを改良した11A511型ロケット(通称A-2)が使われるという。R-7は全長34m、直径3m、発射重量は280トンで、液体酸素とケロシンロケットエンジンの推進剤として用いる二段ロケットだそうだ。

 やっぱりケロシンを使っているようだ。だが、そのケロシンにあるリンクをクリックすると、そこには次のように書かれていた。
ケロシン (kerosene) とは、石油の分留成分の1つである。ケロシンを主成分として、灯油、ジェット燃料、ケロシン系ロケット燃料などの石油製品が作られる。灯油は成分的にはほぼケロシンだが、日本では灯油をケロシンと呼ぶことは稀で、ケロシンと言えばジェット燃料やロケット燃料のことが多い。」

 え? ケロシンって灯油じゃないの? さらにこうある。

────理想的には液体水素と液体酸素の組み合わせがロケット燃料に最適である。しかし液体水素はタンクが巨大になり、タンクの断熱構造が複雑になるので、サイズが巨大になる多段式ロケットの1段目にはロケット構造材の装置が簡単になり軽量化が図れるケロシンがロケット燃料として採用されることが多い。(一部省略し要約した)

 アメリカでもRP-1というケロシン系ロケット燃料が広く使われているという。アポロ計画で使用されたサターンの1段目の燃料もこれなんだそうだ。スペースシャトルを宇宙に運ぶデルタロケットも、火星探査機を載せたアトラスロケットもケロシンを使う。ということは、ケロシン=灯油というわけではなく、ケロシン系ロケット燃料は普通のことであるらしい。それなら特にローテクとはいえない。う〜ん、話がぜんぜん違うじゃないの。ケロシンを灯油と訳すのが間違いなのではない?

 この新聞記事を読んだときに、すぐに思い浮かんだのが『庭から昇ったロケット雲』という映画だ。宇宙パイロットを夢見ていた少年が、その夢を叶えることなく農夫になる。だが少年の日の夢が忘れられないその農夫は、納屋でこつこつと宇宙ロケットを作り続け、とうとうそのロケットに乗り込んで宇宙へ飛び立つ日がやってくる……。

 この物語は荒唐無稽なホラ話かと思っていたのだが、灯油でロケットが打ち上げられるのなら、まんざら実現不可能でもないと思ったのだ。今のパソコンだったら、アポロ計画当時のコンピューターとそれほど性能も違わないだろう。宇宙船に搭載するコンピューターは、最新鋭よりも信頼性が重視され、成熟した「枯れた技術」が好まれるといわれる。現在でも市販の最新コンピューターより「低性能」なものが搭載されるのが普通だというから、パソコンでも実現可能かもしれない。だけど、さすがに灯油じゃ無理だということか。ちょっと残念。それでもこの映画はとてもおもしろかった。年末年始のつまらないテレビが嫌になったらおすすめです。