睡眠薬ボゴミール

 いま、次号の製作に追われている。特集は「旧ユーゴスラヴィアを歩く」。それでバルカンの歴史をいろいろ調べているというか、まとめているところなのだが、ボスニアの歴史を読んでいたら、次のような文章が出てきた。

「中世の異端ボゴミル派ボスニアに拡大し、ボスニア教会を組織して布教活動にあたったとされることが多かった。しかし最近の研究によると、ボスニア教会はカトリック教会内の分離派にすぎず、ボゴミル派ボスニアで多数を占めたわけではなかったことが示されている」(『図説バルカンの歴史』柴 宜弘)

 この一文を読んでも、なんのこっちゃと思われるであろう。それがどうした。それは15年ほど昔の話である。私は古本屋で『異端の宗派ボゴミール』(ディミータル・アンゲロフ、恒文社)という本を買ったことがあるのだ。なんでこんな本を買ったのか、今となっては謎である。そして、それを読み始めたのだった。

 だが、キリスト教に関する知識も関心もなく、バルカンにもボスニアにもほとんど無知な私が、こんな本を読んで知的興奮を味わえるはずもなく、読んでもさっぱりわからない。読み始めると10分もたたないうちに眠ってしまうのだった。何度も挑戦し続けたが結果は惨敗で、今この本を見てみると43ページのところにしおりが挟んであるので、おそらくこのあたりで挫折したものと思われる。

 それで、いつもはたいてい私より早く寝入ってしまう小川京子が、この本を読み始めるとすぐに寝てしまうので、私がなかなか眠らないときなど、「ボゴミール」を読んで早く寝ろというようになったのである。彼女はボゴミールが何であるのかまったく知らないが、私にだけはよく効く「睡眠薬」と認知していたのだ。

 その後、10年以上この本は本棚に置かれっぱなしだった。それが、つい昨日、この言葉に出くわして、少し驚いたという次第。そうか、ボゴミール派というのはバルカンに広がった異端宗派だったのか(この本の冒頭にもそれは書いてあるが全部忘れていた)。

 ちなみに、このボゴミール派がどういう異端宗派だったのかというと、10世紀前半頃、ブルガリア西部のマケドニア地方の司祭ボゴミールが起こしたとされる宗派で、教会制度も社会制度もサタンがつくったものだと徹底否定したので、反体制運動の様相を帯び、その結果、支配層や教会からも弾圧されたという宗派なのである。十字架さえ否定したというから、まさに異端中の異端だったようだ。ボスニアでは一時国教になったと『東欧を知る事典』(平凡社)には記されている。

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