伝説の名著『トルコのもう一つの顔』

 最近、トルコがアルメニアとの国交を開こうとしている。トルコがEUに加盟する条件の一つに、かつてトルコが行ったアルメニア人虐殺をどのように認めるかが問題になるが、「もしトルコが正式にアルメニア大虐殺を認めれば、アルメニアはトルコに対し謝罪や補償だけでなく、先述のアナトリア半島東部を「約束の地」として帰属を要求する可能性もある」(ウィキ)というから、そんな簡単に全面謝罪というわけにはいかないだろう。

 一方、大半の輸出入をグルジア経由のルートに頼っているアルメニアは、グルジア紛争によって物流の多くが止まり大きな打撃を受けた。トルコ経由で輸出入ルートを確保するために、トルコとの関係改善が必要になったといわれている。だからといって、トルコと安易に妥協することは、内外のアルメニア人が納得しないだろうから、いずれにしてもかなり難しい問題だ。早ければ数カ月後にはトルコとアルメニアの国境が開くというが、本当に開くのなら、この歴史的国境を通ってアルメニアを旅してみたい。

 私が初めてトルコを旅したのは1987年のことだが、当時トルコは日本人旅行者に最も評判のいい国の一つだった。物価が安く、人は親切で、見どころも多い。私も自分で旅して、多くのトルコ人に親切にしてもらったし、楽しい旅をすることができてトルコが大好きになった。

 ただぶらぶらと旅をするだけなら、トルコのいい顔しか見えてこないのだと痛感したのは、1991年に出た『トルコのもう一つの顔』(中公新書)という本を読んだからだった。この本に描かれたトルコは、まさに「もう一つの顔」だった。

 著者の小島剛一氏は言語・民族学者である。フランスの大学に留学し、トルコ語学で博士号を取得するためにトルコへ渡る。それまでにも幾度もトルコを旅している著者だったが、言語の研究にトルコをフィールドワークし始めると、それまで見えなかったトルコの姿が次々に現れてくる。

 今では、トルコにクルド民族が数多く住んでいることは多くの日本人が知っているが、この本が出た頃には、トルコがクルド語の存在さえ認めず、クルド語を話すだけで弾圧されていることなど誰も書いていなかった。この本は、クルド人をはじめとするトルコに住む少数民族の言語を含む文化と、彼らの実態を初めて明らかにした画期的な、いや、衝撃的な本だった。

 この本は、言語学の専門家が書いたものでありながら、言語学の専門書ではなく、私たちのような旅行者が読んでも十分に理解できる文体で書かれ、しかも、実体験のエピソードがふんだんに盛り込まれた旅行記になっている。当時も今も、トルコについて描かれた旅行記で、これほど興奮させられる知的旅行記はないといってもいい。文中では数行しか触れられていない記述にも、実は日本の新聞記者がわけもわからず書いているような事実がさりげなく隠されているのには驚くばかりだ。

 この本が出て、いったい小島剛一というのはどういう人物なのかが話題になった。具体的にはネットが普及してから、書評などで謎の人物として話題になったのだが、小島剛一氏の著作はこの一作しかないのだ。この本のあとがきを読むと、事情が事情だけに、これまで書けなかったのを、あるとき書こうと決意してまとめあげたものだというようなことが記してある。トルコから国外退去を受けたそうだし、これはもしかしたらトルコからにらまれて、続編を出せないままなのではないかと私は推測していた。そもそもこの人はどこに住んでいるのかも明らかになっていない。

 それが、先日、高野秀行さんから衝撃的なメールをいただいた。高野さんもこの本の大ファンなのだが、小島さんと連絡がついたから、連絡をとって「旅行人」に続編を書いてもらう気はないかというのである。こんな衝撃的なことは零細出版社歴のうち一度あるかないかである。もちろん書いてもらいたい! というか、私が続編を読みたい! すぐにメールし、ことはとんとんと運び、悪条件にもかかわらず小島さんは続編の連載を快諾してくださったのである。旅行人は20年しかやってないけど、こんなことも起こるものなのだと、しばらくボウゼンとなった。

 というわけで、小島剛一『トルコのもう一つの顔』、衝撃の続編が本誌次号に掲載される。いきなり50枚の大作連載なのだ。もう原稿をいただき、レイアウトを組み、ゲラを出した。読んでいるとサスペンス小説も真っ青のド迫力の物語となっている。読者にもぜひぜひお読みいただきたいと思っているが、前作を未読の方はぜひぜひ『トルコのもう一つの顔』をお読みいただきたい。新書なので値段もそんなに高くないし、ページ数も220ページほどなのであっという間に読み終わる(それほどおもしろいからです)。そして、続編にご期待下さい!

 書き遅れましたが、次号の特集は「旧ユーゴスラビアを歩く アドリア海を北へ」です。コソボセルビアクロアチアモンテネグロをご案内します。

 なお、私のマンガ「がんばれ!トピックス」は近日中にまとめてアップします(もったいぶってるわけじゃないんですけど、そろそろアップしなくちゃと思っているうちに、あっという間に一週間たっちゃうんですよね)。