モスクワの怪しい巨大市場が閉鎖

 シベリア鉄道でモスクワへ行ったとき、巨大であやしい市場を見た。『シベリア鉄道9300キロ』にも書いたが、チェルキーゾフスキーというその市場は、中国人や中央アジアから来た人々でいっぱいで、そこで買い物をする人々もまた中央アジアから団体バスでやってくるような人々ばかりだった。

 日本に帰ってから調べてみると、ほとんど資料など見つからなかったが、あるブログにここのことが書かれていた。それによればこの市場では中国語の新聞を発行し、商品の小売りの他、地下銀行、債権取り立て業、ヤミ産婦人科といったアンダーグラウンドな商売も盛んに行われていたらしい。表からはそういうことはわからないのだが、それでもここに来ると、いかにもそれぐらいのことはやっていそうな雰囲気が漂っていて、カメラを出して写真を撮ることもできなかった。

 2006年8月には、ここで爆発事件が起きた。10人が死亡し、約40人が負傷している。これを報じた朝日新聞の記事では、犯人が民族主義者グループの一員であったことから、人種的憎悪が原因だったのではないかといっている。2007年には閉鎖されることが決まっていたようだが、先日8月3日の朝日新聞で、この市場のことが記事になって出た。今年6月、ついに閉鎖されたという。

 朝日の記事によれば、昨年9月、モスクワ市当局が「密輸撲滅」のために摘発を開始し、中国製の衣料など約20億ドル(約1900億円)相当の商品を押収したという。そして今年の6月に閉鎖に踏み切った。プーチン自ら閉鎖を命令したらしい。

 もちろん中国人業者は怒っている。商品を輸入するのに通関手続きが煩雑で、賄賂を払って関税を払わずに持ち込むやり方が常態化していたが、それはロシア税関が腐敗しているからだと抗議する。それに対してロシア側は、密輸は密輸なんだから取り締まるのは当然だと反論している。ネットで見ると、産経新聞に次のような記事が出ていた。

──この背景には、ロシアの繊維や皮革関連の生産がソ連崩壊後に3割以下にまで急落し、壊滅的状況に陥っていることがあるという。さらに、ロシアの軽工業品市場に占める国産品は23%、正規輸入品は27%で、残る半分は市場に多い密輸品や“地下生産”品だという。
 東欧最大「チェルキゾフ市場」閉鎖(産経新聞
 http://www.business-i.jp/news/ind-page/news/200907270016a.nwc

 当然これらは税金を払っていないわけで、その額は年間6500億ルーブル(約1兆9890億円)になるそうだ。ロシアの税関が腐敗しているのは多分そうなのだろう。しかし、あの市場では地下銀行やヤミ医者など地下世界がどんどん膨張していき、その結果、約2兆円も脱税したとしたら、そりゃ当局が見過ごすわけない。

 朝日の記事では、ここで扱う商品の主要生産地である浙江省温州市は混乱し、貿易・製造業者に深刻な影響が出ているそうだ。これほどの経済大国にのし上がった中国が、まだこんなヤミ産業に依存しているという事実にむしろあきれる。中国には「灰色の交易構造をつくったのはロシア自身だ」という反発があるそうだが、それに乗っかって商売を続けようとしていたのは中国だったわけで、にもかかわらず堂々と抗議できるところがまたすごい。2兆円を地下銀行で海外に送られたら、どの国だって黙ってないよ、そりゃ。

 チェルキゾフ市場は最大の市場だが、こういう市場はまだ結構あるらしい。そういったところも、今後次々に閉鎖に追い込まれていくのではないかといわれている。経済大国なんだから、普通に税金を払って商売しろよとは思うが、ロシアもロシアで賄賂世界なんだから、どっちもどっちなのかもな。