ぼちぼち無理なく〜超零細出版社社長のつぶやき

 先週、椎名誠さんの写真展とトークショーに行った。小さなギャラリーだったが、モノクロの写真が30〜40枚ほど展示されていて、世界各地で撮影された風景や人々が静かに鎮座していた。モノクロ写真というのは、にぎやかな場面を撮っても、それが遠い昔のような感覚になり、すっと音がひいていくような静けさがある。椎名さんが写真集のタイトルを「ONCE UPON A TIME」としたのも、そういうことなのかなと思ったりする。

椎名誠写真展「ONCE UPON A TIME」 1月31日まで。12:00〜20:00
【SPACE雑遊】 新宿区新宿3-8-8 新宿O.T.ビルB1F (新宿三丁目駅C5出口)

 会場で椎名さんにご挨拶をすると、雑誌がんばってますねと激励される。恐縮しつつ、いや限界いっぱいですと答えると、「季刊でつくるのは意外に大変で、隔月刊の方が楽だったなあ」とおっしゃる。そのほうがスタッフが調子よくまわっていくということだろうと思うのだが、うちの場合、スタッフは3人なので、隔月刊にすると余計きつくなることまちがいない。

 普通は、そういう場合スタッフを増やして体制を整える。だが、私は社員を増やすつもりはないので、ほとんど限界ぎりぎりの作業を続けている(といっても、もちろんそれは私の限界値が低いからだ。私よりもっと長時間ハードに働いている人はいくらでもいる)。

 社員を増やすつもりがないのは、人を管理するのがイヤだからだ。管理主義がいけないという批判ではなく、物理的に人を管理するのが面倒だということである。命令するのもイヤだし、人の仕事をいちいちチェックするのもうっとおしい。編集者としては執筆者の文章をチェックするので手一杯であり、社員のやった仕事までチェックしていたら仕事は終わらない(しかし管理職というのはそれが仕事なのだ)。

 それに、社員を雇ったら、まず最初にやらなくてはならないのは給料の工面である。何よりもそれが優先される。当然である。したがって、社長の仕事はもっとも効果的に金になることをやることであり、金を管理することである。僕の好きなデザインなどは社員か外注にやってもらうのが普通だ。ということで、社員が多くなればなるほど自分の好きな仕事から遠ざかり、嫌いな仕事ばかりやらなければならなくなる。もちろん社員の給料が払えなくなるような赤字仕事はできなくなるので、超マイナーなガイドブックも作れなくなるかもしれない。

 よく『地球の歩き方』はメジャー化してパッカー向けのガイドブックではなくなったという批判を聞く。メジャー化してパッカーばかり相手にできなくなったのは事実だろう。だが、それも無理もないなと僕は思うのだ。なにしろ社員の数も多く、会社の規模も大きく、外注の数も膨大だろう。こういった巨大な人員に滞りなく賃金を払わなければならないとなると、パッカーばかり相手にしていたらすぐにたちゆかななくなる。あのロンリー・プラネット社でさえ今や一般観光客というか、パッカーではない旅行者向けの出版物を数多く出すようになっている。それはメジャー化すると避けられないことなのだろうと思うのだ。

 そんなに売れなくても、まあそこそこいけばいいんじゃないの? なんていっていられるのは、賃金負担の少ないわれわれのような零細企業だけで、そのぶん責任も少なく気楽にやれるということである。だから誰も行かないような地域のガイドブックが出せるのだ(取り次ぎに見本を持っていって、世界で初めてのガイドブックですというと、そうでしょうねえ、とあっさり納得される)。だからといって『歩き方』にメジャー化するなという権利はないわけで、だいたいうち以外どこも出さないってのは、やっぱり儲からないと踏んでるんだろうなあ。

 なんか景気の悪い話になってしまったが、まあぼちぼち、なるべく無理なくやり続けたい。零細企業だからそういうところは社長本人がイヤにならない限りねばりがきくのだ。なので、読者におかれましても、まだ出ないのか!とあせらないようにお願いします。すいません。