気の重い話

 このまえ「ナショナル・ジオグラフィックス」の最新号が届いて、前にロビンソン・クルーソーの記事のことを書いてから、もう一カ月がたったのかとあっけにとられている。早すぎる!(年寄り臭い発言ですまぬ)

 その「ナショジオ」だが、今回(11月号)では、なんとネパールのマオイストの取材記事が載っていた。ネパールは、このマオイストと政府の内戦状態で、観光客が激減(7年前の38%減)しているのは、読者もすでによくご存知のことと思うが、外国人観光客を殺害するような事件はまだ起きていないものの、マオイストによって、政府寄りと見られる人々が数多く殺害されていると記事は述べている。もちろんそれはマオイストだけではなく、政府軍も同様で、双方によって1万3000人に近い人々が殺害され、そのほとんどは普通の市民であるという。

 現在進行形で、悲惨な歴史を積み重ねているネパールの南は、IT産業で注目を浴び、中国と並ぶ二大市場として報道されることの多いインドだ。ここではよりにもよってバックパッカーがよく寝泊まりしているニューデリーのメインバザールでテロ事件が起きた。これに驚いていたら、今度はフランス全土で暴動が起きた。やれやれ、世界はどうなっているのだ。

 そんなときに、ある本が送られてきた。およそ1年前に当欄で書いたが(04年11月22日)、昨年の春、引っ越しでばたばたしていて読み損なっていた応募原稿が、ある大手出版社から単行本化されることになった。その本が、このたびようやく単行本になって発売されたのだ。その本は『物乞う仏陀』(文藝春秋社)という。著者は石井光太という人だ。

 この本は実にヘビーである。アジアを旅していて、普通の旅行者なら目をそむけて旅するところを、著者はそこで立ち止まり、凝視し、話をしようとするのである。例えばバンコクの街角にたたずむ身体障害者の物乞いに、シェムリアプで地雷のために足を亡くした物乞いの男に、あるいは、インドで腕や足を亡くした子どもを抱えた乞食に、著者は語りかける。何故こんなことになり、今どうやって生活しているのかと。

 もちろん、語りかけたからといって、そういった人々が気軽に答えてくれるわけではない。うさんくさい眼で見られ、追い返され、襲われそうになりながら、著者は、彼らは何故そういう状況に陥っているのかを追いかけていく。ほとんど命懸けの取材である。

 インドで、足や腕のない子どもを抱えた乞食は、人々の同情を引くためにわざと手足を切り落として、そういっった子どもを元締めからレンタルで借りているというウワサを、インドの旅行者は一度は聞いたことがあるだろう。僕はそれを信じていなかったが、その実態もこの本でその一部が明らかにされている。読み終わると、インドの暗黒部をのぞき込んだようで気が重くなる。だが、真実を知りたい方も多いことだろう。そういう方は、ぜひご一読下さい。

物乞う仏陀
物乞う仏陀
posted with amazlet on 08.02.17
石井 光太
文藝春秋 (2005/10/13)
売り上げランキング: 28737