雨の夜をドライブ

 
 先日、知り合いの編集者が、編集を辞めて広告部へ移った。担当された作家や翻訳者には彼の「編集者引退」を惜しむ声が多かったが、それが本人の希望だったので、引退パーティを催すことになった。ある作家の横浜の自宅がその会場になった。
 パーティには、作家、イラストレーター、デザイナー、翻訳家などなど、出版業にかかわる多士済々な人々が集まっていた。その編集者は、ベストセラーになったあるアメリカ小説を担当しており、その翻訳者も顔を見せていたが、なんとその小説の初版が60万部! であるという。初版60万部の小説を翻訳する人とはどういう人かと見てみたら、なんだかすごいスタイルもよくて、品のいいステキな女性だった。

 車に乗るチャンスがなかなかないので、時間に余裕をみて横浜までドライブがてら出かけていったのだが、帰りに、これもまた売れっ子の翻訳家を近所まで乗せていって欲しいという。そういわれて断るのはなかなか難しいのだが、自分は運転者初心者であり、命の保証はないが、よろしいか? という断りは一応入れた。乗せて欲しいと申し出た以上は、それならけっこうですとも言いにくいだろうが、二人の翻訳家が無謀にも僕の運転する車に乗り込んだのだった。

 そして、走り出すと、最悪なことに土砂降りの雨である。初心者にとって、夜の雨の中を走ることほど恐いことはない。しかも、10万円もかけて装備したナビゲーションが割りとバカで、交差点直前になって右へ曲がれだの左へ曲がれだのいうものだから、道はそれる一方。もっと早くいわんかい!

 一人の翻訳家が僕の運転ぶりを見て言う。
「免許取り立てなんですってね」
「ええ、そうなんですよ(だからあまり話しかけないで下さい)」
「でも、通勤に使っていらっしゃるんでしょう?」
「いいえ、一カ月に2、3回乗ればいい方です」
「え、それは……(絶句)」

 行くときに乗った第三京浜に結局乗ることができず、ただひたすら北上し、国道1号線から環八を走り続けたが、雨は降り止まず、バックミラーは見えず、そいでもって左に車線変更しようとして後ろにいたタクシーにクラクションを鳴らされるはで実に恐ろしいドライブであった。
 緊張してますます危険になるので、私の車に重要人物を乗せないでくれい!